第5話 商店街

表通りに出ると、賑やかな声が聞こえてくる。アカデミー近くのこの通りは、学校帰りの学生や教師、また、その近所で働いている大人達を対象として様々な店が開かれていた。夜になればオレンジ色にライトアップされ、幻想的な空間が広がる。

家から馬車で少し離れたとはいえ、ここはまだ帝都の近く。顔を見られてはいけない、とフィオラは持ってきていた上着を羽織り、フードを被る。今、帝都の人間に見つかるのは好ましくない。特にクリスやウィルバーに見つかったら厄介な絡まれ方をすることは間違いないだろう。

レイリオはその年にしては痩せており、あの暴漢達にあまり食べさせてもらっていなかったことが分かる。

「レイリオ、何か食べたいものはある?遠慮せずに何でも好きなものを言ってちょうだい」

「フィオラ様がくれるものなら何でも……」

レイリオは嬉しそうに答えた。

レイリオはこの場所に来てから常にソワソワとして落ち着かない。時々、綺麗なオブジェクトや良い匂いの露店を見つけては目を輝かせている。

「もしかして……今までこういう、商店街のような賑やかなところに来たことがない……?」

「商店街?」

不思議そうにレイリオは首をかしげる。

「そう、商店街。ほら……たくさんお店が並んでいるでしょう?こういう場所を、商店街というのよ」

「わぁ~~!勉強になります!」

レイリオは元気よくそう答えた。興奮しているのが一目で分かる。


一方、冷静を装っているフィオラも、実のところソワソワしていた。フィオラは王妃教育の厳しいカリキュラムのせいで、滅多に娯楽を楽しむことができなかった。パーティーに出席することは多かったがそれは社交界での地位を固めるため。楽しむのは二の次だった。

ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。見ると、そこには雲のようなお菓子があった。確か「わたあめ」という名前の食べ物だ。


(あ、美味しそう……)


「レイリオ、これ、食べません?」

笑いかけ、小さく指を差せばレイリオは勢いよく頷いた。

店主に「2つ」と告げると、手際よく砂糖と棒が用意され、わたあめが作られていく。あっという間に2人分のわたあめができあがり、二人は側にあったベンチに座りわたあめを食べ始めた。

「ん~~!おいしいです!!!」

「本当に……美味しいわね」

お菓子は飽きるほど食べてきたつもりだった。が、このわたあめには一級のシェフが作ったお菓子とはまた別の美味しさがあるような気がした。

レイリオは既にペロリとわたあめを平らげていた。食べたりないのか手についた飴の部分をペロペロと舐めている。

「ふふ、また買ってあげるわよ。でも次はお肉を食べないとね」

今のレイリオは明らかに栄養が足りていない。(炭水化物やたんぱく質を補うために色々と食べてもらわないといけませんわね……あと野菜も)

「レイリオ、何か食べれないものはあるかしら。アレルギーとか」

「特にないです……」

「じゃあたくさん食べましょう!まずは……」

フィオラは手近にある焼き鳥のお店へ行こうとしたがピタリとその足を止める。

振り返るとレイリオがフィオラの袖を掴み、俯いていた。

(もしかして、押しつけがましいことをしてしまったかしら……?この子にはこの子のペースがあるものね。胃が縮まって、たくさん食べられない可能性も考慮するのを忘れておりましたわ)

「どうしましたか?わたくし急ぎ過ぎてしまったかしら。ごめんなさい、あなたのペースに合わせてあげられていなかったわね」

フィオラの言葉にレイリオはブンブンと首を横に振る。

「で、ではどうして……あっ、体調が優れないとか……?それとも……」

「申し訳ないです」

フィオラは動きを止め、口を閉じる。


「申し訳ないんです!今まで、僕を助けてくれる人なんていなかった!みんな、見ない振りをするか僕を指差して笑った………だから、助けてくれただけで、僕は十分嬉しかったんです!それなのに……こんな、おいしいものを食べさせてもらって……貰いすぎです……」

フィオラはフーッと静かに深く息を吐き、レイリオに向き直った。

「あなたはいいこね……」

よしよしとレイリオの頭を撫でる。

「えっ……?」

わたくしが生きてきた世界では人に何かして貰っても、感謝の心を持たない者ばかりだった。それどころか、施しを受けることを当たり前だと思って、さらに相手からふんだくろうと画策する人も、一人や二人じゃなかったわ……」

フィオラは目を伏せる。思い返しても吐き気のする連中だ。そして奪うだけ奪って、自分の地盤が固まった瞬間、あいつはわたくしを捨てた。

「フィ、フィオラ様……?」

「ふふ、ちょっとしんみりしちゃいましたね。とにかく、わたくしは自分のしたことにこんなに感謝してもらえるのは初めてなんです。それに……」

フィオラはレイリオの頭からそっと手をどける。

わたくしはいつでも自分のしたいことをしております。あなたを助けたのも、こうしてご飯を買うのも、全部私わたくしがやりたいと思ったからしているだけですわ。もちろん見返りなど求めておりませんし、あなたは素直に受け取っておいてください。わたくしも自分の欲が満たされるし、winwinというやつですわ!」

ね?っとフィオラはウィンクしてみせる。

「………はいっ!」

返事をしたレイリオの頬は赤く染まり、目の端には涙がためられている。

フィオラはもう一度レイリオの頭を撫でると、その手をひいて店の立ち並ぶ通りを歩いていった。





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