第6話 遭遇

レイリオはよく食べた。初めて食べるものも多いみたいで、特に香辛料で丁寧に味つけられたものに新鮮さを感じている。

考えていることがよく顔に表れるタイプらしく、今も頭から上機嫌にピョコピョコと動く耳が見えるようだ。

(こんなに喜んで食べてくれるのは奢りがいがあるわね……家から追い出されるときたくさんお金持ってきて正解だったわ。それにしても本当に美味しそうに食べること。尻尾も見えるよう………ん?)

フィオラは目をこすり、もう一度レイリオを見る。その頭からは猫のような黒の耳が生え、お尻からは尻尾が楽しげに揺れていた。

「…………!?」

フィオラはソレを視認すると、急いでレイリオを路地の、人からあまり見えない場所に運んだ。

「レイリオ……!それ……!!」

「?」

レイリオはなぜフィオラはこんなに慌てているのか分からなかった。レイリオはフィオラが指を指す場所に手を運ぶ。自身の頭から生える耳に触れた瞬間、レイリオは全てを理解したように全身を強ばらせた。ヒュッと彼の耳と尻尾がまるで体の中に収納されるかのように消える。

「え、えへへ………」

レイリオは愛想笑いを浮かべる。なんとかなかったことにしたいようだ。

「…………」

「えへへへへへ」

「うふふふふ」

バン、とフィオラはレイリオの横の壁に手を置いた。俗にいう壁ドンというやつである。状況が違えば、きっと胸がときめいたに違いない。


「レイリオ……残念ながら誤魔化せませんわよ?わたくし、予想がついてしまっていますもの。わたくしの知識をひけらかし、あなたを詰めていくのは簡単なことですけれど、あなたの口からちゃんと聞きたいわ」

レイリオは俯き、迷うように目を泳がせる。

数秒後、覚悟を決め顔をあげた。

「僕は、怪物けものなんです」

(やはり……)

怪物けもの。動物でありながら人の言葉を理解し行動する賢い生き物。人はそれを気味悪がり、怪物けものと呼ぶようになった。呼び方が"かいぶつ"ではなく"けもの"なのは、毛むくじゃらの者という差別的な意味合いが込められているとか。まあ"かいぶつ"も散々な呼び名だと思うが。


だが貴族はみな、怪物けものが好きだった。正確には怪物けものの死体だ。彼らは普通の動物よりも毛並みが良く、"素材"が上質である。その中でも眼球は宝石のような輝きを放ち、高額で取引されている。また、人よりも力が強く、言葉も通じるため、奴隷としても人気がある。


「僕はあの男達に力仕事や囮をするために使われていました。逆らったら、ぶたれたり焼かれたりしました。怪物けものは人間より丈夫だからって………僕らだって、人間と同じように痛みは感じるのに……!」

レイリオは拳に力を込める。爪が皮膚に食い込み、血がにじむ。

「話してくれてありがとう。やっぱりあの時殺しておいて正解だったわね」

「え?」

レイリオは反射的に顔をあげる。

「え?って……?だってあなたに酷いことをしてきたのでしょう?あの男達。死んで当然だわ」

声を少し低くしてフィオラはそう言い放った。

レイリオは信じられない、といった顔でフィオラを見た。軽蔑しているのではない。ただ、レイリオは「人殺しなんていけない」、「慈愛の心を持って~」といった貴族の言葉を男達に連れ回されている道中で聞いていたから。そのどれも上っ面の言葉だと感じたことも覚えている。レイリオが見てきた貴族のなかで、フィオラのような言葉を言った者は一人もいないのだ。だが、レイリオは嫌悪感を感じなかった。むしろ自分のためにそんなことを言ってくれるフィオラにさらに好感を持った。

そんなレイリオの心の内を察したのか、フィオラは困ったように笑った。

「こんなこと言う人、見たことなかったのでしょう?わたくしも、家を追い出されるまでは、思っても口に出さなかったわ」

「追い出された……?」

「ふふ、話せば長くなってしまいます。大したことじゃないし……あまり気にしないで」

"私達人間は神により守られている。その命を軽々しく扱ってはいけない。"

アカデミーで真っ先に習う教えだ。フィオラも、最初はその教えを守り、慈愛の心を持って誰にでも接した。しかし、成長するに連れて、慈愛の心など何の役にも立たないことを知った。

世の中には人の感謝を食い物にする輩もいる。

それを知ってから、フィオラは自分が大切にするのは自分を尊重してくれる人だけと決めている。

レイリオは口に手を当て、なにやら考え込んでいた。

「フィオラ様……提案なのですが」

「しっ!」

レイリオがなにか話しかけていたのは分かったが、それを知っていてもなお、フィオラはレイリオの口を塞がなければならなかった。

表通りをある男女が微笑みあいながら歩いている。それはかつての婚約者であったクリスと妹のアジェリーに間違いなかった。





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