第41話

再び牢屋はフーシィ1人に兵3人という状況になった。つまらないそうにフーシィは息を吐く。

もう一度、扉の開く音がした。

またザリィバは戻ってきたのかと、フーシィは気だるげにドアへと目を向ける。

その動きが、ピタリと止まった。

「お前は……!」


ゴーン、ゴーン、と処刑をしらせる鐘が鳴る。

城の前の広場に派手な処刑台が設置されている。見せしめ、というのにふさわしいそれは、高い場所に位置付けられており、遠目でも犯罪者の苦しむ様が見えることだろう。

処刑台から真っ直ぐに伸びた木の柱の下には藁が大量に敷かれており、一目でそれが火刑をするための道具であるということが分かるだろう。火を恐れる怪物けものにとって、どれほど残酷な刑か、想像に難くない。

城の奥から三人の怪物けものが出てくる。堂々と、威厳を纏って歩く彼らはハイリン、スイリン、ザリィバであった。

「首尾は?」

ハイリンが淡々と尋ねる。

「順調です」

ザリィバが答えた。

「はぁ………とうとうこの日がきましたね。憂鬱だな~フーシィの処刑見るの」

「辛いなら部屋で休んでおいても良いぞ?レイリオは現にそうしているんじゃろ?ザリィバ」

「ええ、姉さん。やっぱりおじが死ぬのを見るのは辛いらしいですよ」

「そうじゃな……」

ハイリンは豪奢な椅子に腰かける。その脇に二人は立った。


(もうすぐ……もうすぐそこが私の席になる……)


ザリィバは密かに舌なめずりをした。

多少のイレギュラーはあったものの、計画は予定どおり進んでいる。

今回、フーシィの処刑を大がかりにやるのは見せしめの他に、フィオラを炙り出すためでもある。あとは彼女さえ対処すれば、自分の計画を邪魔するものはいなくなるのだ。

彼女達のチョーカーの鍵は城の最奥に厳重に保管してある。国の兵のなかでも精鋭の者を警護につかせているから、奪われる可能性はゼロに等しい。

既に魔族にも連絡を入れ、国のすぐそばで何百もの兵が待機している。ザリィバの一声で、全ての魔族が国に入ることが可能だ。

それで群衆がパニックになったとしても、全てフィオラのせいにしてしまえば問題はない。


ガヤガヤと雑踏の音が大きくなってくる。

皇族の中から出た裏切り者、とあれば、その姿を一目見ておこうという民衆が広場に集まった。

「おいおいどこだよ!裏切り者はよぉ!」

「あれ、ハイリン様じゃない?なんてお美しいのかしら………!」

「まだかよー待ち飽きたぞー」

各々が好き勝手にしゃべり、喧騒がさらに大きくなっていく。


「静まれ!」

ハイリンの一声で広場は静寂と化す。

それを確認し、ハイリンは粛々と条文を読み上げる。

「………これよりフーシィの処刑を開始する」

ハイリンの言葉に合わせて、兵に連れられたフーシィが現れる。

民衆の視線が一斉にフーシィへと向けられる。

民衆も、仲の良かった官僚も、口々に彼への暴言を口にする。

フーシィが顔をあげる。

彼はじっと、自身に怒鳴る観衆達を見下ろした。

彼の瞳は好奇の色を宿している。

怯えるわけでもなく、濡れ衣に怒りを覚えるわけでもない、堂々たる様は、まさしく王族というに相応しい姿だった。


彼は柱に括られる。鎖を身体中に巻き付けられ、もう一挙動もすることはできない。

「フーシィ、君にはがっかりしたよ」

フーシィが固定されていく中、スイリンが口を開く。彼女はフーシィを蔑み、冷たい視線を向けるが、そこには哀れみの感情も付随していた。

「君は……いつも不真面目だけど、優しくて良いやつだと思っていたのに……こんなことをするなんてね」

彼女は静かに怒っていた。フーシィはそんな彼女はチラリと見たが、すぐに目を逸らした。

彼はこの騒動に──自身の処刑にさえ──関心を持っていない。彼の処刑は目前まで迫ってきており、それは逃れようのない事実だった。


「待ってください!」

鹿の怪物けものが、処刑場へと飛び出してくる。その男はフーシィの部下であり、この国の官僚だった。

「こんなの、おかしいです!フーシィ様は国のことを大切に思っていました!側で仕事をしていた人はみんな分かるはずです!フーシィ様がこんなことする人じゃないってことを!」

「捕らえよ」

ハイリンが指示を出す。鹿の怪物けものは茶色の髪を振り乱して、兵に拘束されながらも訴えかける。

「みんな、みんな変です!おかしいんです!!ハイリン様も、スイリン様も、ザリィバ様も!なんで、なんで誰もフーシィ様が犯人だってことに疑問を持たないんですか!?こんなのっ」

「もういい」

フーシィは優しく語りかける。子供を諭すような柔らかい声色で、かつての部下に話しかける。

「もういいんだよ」

男はグッと唇を噛み、へなへなと地面へ座り込む。そのまま引きずられるようにして処刑場の端へと連れていかれた。


フーシィの足元にある藁に火がつけられる。

(……痛いな、これは)

顔をしかめ、痛みに耐えていると、座っている三人と目が合う。

ハイリンとスイリンは先ほどの騒動で明らかに動揺していた。特にスイリンに至っては、その瞳は揺れ、自分の思考に疑心を抱いているようだった。

「お前……幸せになれよ」

まだ声が出るうちに、フーシィはそう告げる。それだけ言うと、フーシィはもう満足だと顔を背けた。


体が熱い。視線が揺らぐ。頬を汗が伝った。

(さぁて、あとはフィオラに任せるか……)

フーシィは瞳を閉じ、天を仰ぐ。


ガシャアアアアアアアアン


唐突な破壊音によって、場は急激な変化を見せる。土埃や藁が舞い、スモークのように辺りの景色が不明瞭となる。

空から落ちてきたそれはフーシィの無事を確認するとスッと立ち上がり、呆然とする民衆へ優雅に一礼をする。


「皆様ごきげんよう」 


そこに立つのはフィオラ・ヴィンセント・グレース。

若く気高き令嬢であった。







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