第42話

「げほっげほっ……遅えじゃねえか……!」

咳き込みつつ、フーシィはニッと笑った。

それにフィオラも笑みで応える。


「フィオラ」

ハイリンが口を開く。低く、怒りをはらんだ彼女の言葉は場を沈めるのに十分だった。

「そなた……何をしに来た?

フーシィを助けるためか?

この国を陥れるためか?」

グググ、とハイリンの顔は狐の獣へと変化する。歯をむき出し、威嚇をする姿はまさしく"獣"だ。

「いいえ、そんなこと致しませんわ。しかし、今のハイリン様に何を言っても届かないのも事実……。ですから、このような荒っぽい手段を取ってしまうこと、許してくださいませ!」

パチンとフィオラは指を鳴らす。

瞬間、広場へ入るための門が爆発した。

「きゃああああ!」

門の近くにいた女性が悲鳴をあげる。それを皮切りに、民衆は逃げ惑った。

「落ち着け!出口は他にもある!」

スイリンは翼を広げ飛び立つと、すぐに国民の誘導にあたった。

国民のことは彼女に任せておけば大丈夫だろう。

「次は……何をするつもりじゃ?フィオラ」

「ここでわたくしがする仕事は終わりましたわ……あとは」

彼らの出番です。


フィオラが手を向けると、銀の鎧を纏った怪物けものの兵が、馬に乗り、城へと入ってくる。その腕には緑のスカーフが巻かれていた。

「お前ら……!」

「到着遅れ、申し訳ございません!フーシィ様、ご無事で!」

彼らはフーシィの元へと駆け寄り、彼の拘束具を外す。

「お主ら、何をやっている?フーシィはこの国の大罪人じゃぞ?

そやつを助ければ、お主らにも同じ処罰を下す。今なら常日頃の働きに免じて罪には問わないでおこう」

フーシィの部下は互いに顔を見合わせる。

「恐れながら申し上げます。フーシィ様が国賊だと言うのならば、我らは元より、犯罪者になる覚悟でここへ参りました。

確かにフーシィ様は仕事をよくサボりますし、勝手にいなくなりますし、不真面目さが目立ちますが……」

「お、お前ら………!」

フーシィは「そこまで言わなくたっていいだろうが……」と少し項垂れてみせた。

「しかし、フーシィ様は国を裏切るような御方ではありません!

ハイリン様がそのような判断を下すのならば、我らはフーシィ様を助けるために動きます」

「………」

ピリピリと空気が震える。

ハイリンはキレていた。その姿は完全な獣へと変貌し、一番近くにいた兵を巨大な手で鷲掴みにした。まだ人型の姿だった兵は、その手にすっぽりと収まってしまう。

彼女はそのまま兵にぎゅうううと圧力をかける。彼は苦しそうにうめき声をあげた。

「そうか………お主らも裏切るのか………」

彼女の手にはさらに力が込められる。兵の意識が飛びかけたとき、その手に獣の姿になったフーシィが噛みついた。

彼女は反射的に兵を離す。宙を落下する彼を、フィオラが急いで受け止めた。

兵は体を痛そうに丸めるが、命に別状はなさそうだった。

「フーシィ………」

「ハイリン、お前は今まで、この国の怪物けものに一度も手を上げてこなかった。

お前が王座についてから、何度もテロや侵略があり、裏切りも一つや二つじゃなかった。

それでも、一度もお前は手を上げなかったんだ」

フーシィはそこで言葉を区切り、ハイリンと目を合わせる。

「おかしいと思わないのかい?お前は!お前は……そんなやつじゃなかっただろう……?」

彼は最後の機会だとハイリンに……そしてスイリンに訴えかける。


「あ………うぅぅ……」

ハイリンが頭を抑え、よろめく。それをザリィバが受け止めた。

彼女は甘く、子供に語りかけるようにハイリンへと囁く。

「動揺しちゃいけないよ?

あいつらは犯罪者。私たちはこの国を治めるおさじゃないか……。こんなことで乱されてどうするんだい?

悪いのは全部、フーシィとフィオラなんだよ……」

さらに語りかけようとする彼女に、フィオラが蹴りかかる。


「人が話してる最中に!行儀のなってないやつだねえ!」

「戦場において、敵の行動を大人しく見ていろとは習いませんでしたわ!」

「スイリン!」

ザリィバは後ろへ飛び退きながら、スイリンの名を呼ぶ。それに呼応し、彼女は飛び立つ。

彼女の繰り出す斬撃を、フィオラはしまっていた剣を引き抜き、牽制した。

「へぇ……君も剣を使うのか。けどね、私はリーリィより強いよ」

リーリィ、という単語に、フィオラは数秒思考を巡らせる。その名前は聞いたことがある。確か……

「覚えてないかい?ハイリン様の部下で、一度君を試すために戦ったと聞いているけれど。

彼女とは互角だったらしいね。まあ、森で私と戦ったのはフーシィだったし、君はただの人間の令嬢だ。

素直に降参するのが、懸命な判断だと思うよ」

「………やはり、貴女はお優しい」

彼女はフィオラに投降をすすめていた。

今すぐ攻撃し、暴力でねじ伏せても良いはずなのに。思考を操られているとはいえ、彼女の根幹は変わっていないのだ。

そんな彼女を利用する、ザリィバが許せなかった。しかし、怒りでどうにかなるほど、現実は甘くないのだ。

スイリンを止めたいのなら、彼女と戦って、勝つしかない。







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