第28話

アルマは廊下を進み、馬小屋へと進む。

馬を撫で、体を洗ってやろうとしたとき、何かに気づいたアルマは後ろへ振り返った。

「こんな場所までいかがいたしましたか……?」

アルマは片ひざをつき、入口に立っているであろう人物を見る。この魔法は死体の体の記憶を覗くためのものであるため、その死体の人物に関わっている他の怪物けものが誰かは解らない。今も、アルマは宙に向かって話しをしている。

アルマの声は緊張して震えており、粗相をしないようにと、全身に力をいれているのが分かる。アルマが話しをしているのは随分と身分の高い者のようだ。

大人しく話を聞いていたアルマの目が見開かれる。

「流石にそれは……!このことは誰にも言いふらしませんから、だから!」

アルマは必死に相手に訴えかけた。どうやら提案された内容があまりにひどいものだったらしい。この話を聞いた自分をどうにかして見逃がしてもらえないかと交渉している。

勿論、相手は自分よりも身分の低いアルマの言葉に耳を貸さなかった。アルマは絶望した表情を見せ、がっくりと項垂れた。

(相手は誰なのかしら……。アルマの怯えようから、相手はかなりの権力を持つ人物だと分かりますわね。

仮にフーシィやザリィバの従者が来たとして、こんなに怯えるかしら……。彼は、目の前の相手を恐れているように感じる。もしかしたら、フーシィやザリィバ本人が直々にアルマの元へ訪れた?

いったいなぜ………)

その疑問はすぐ頭から離れることになった。

アルマが突然痙攣しだしたのだ。

彼はガクガクと小刻みに震えている。よく観察してみれば、彼の頭が何者かに掴まれていることが分かる。それは間違いなく目の前にいる者の手だろう。

彼は白目をむいて体からは力が抜けていく。魔法に精通しているフィオラには、アルマに精神関与の魔法が使われていることが分かった。

フィオラはアルマの掴まれている頭部をまじまじと観察する。

(この爪の形………怪物けもので間違いなさそうですわ)

しかし彼らは魔法が苦手なはずだ。持っている魔力量が少ないため、学校でも魔法については習わないとレイリオが行っていた。学校では魔法に対して攻撃する方法を主に習うのだそうだ。

そんな怪物けものが魔法を使えるようになるには、人間か、魔族の協力が必要だ。火や水を扱う比較的単純な術式ならば独学でも才能があれば可能だが、精神に関わる魔法は手練れでないと難しい。

(人間、特に貴族は怪物けものを見下している。親切に教えてあげるとは考えづらいですわね……ならば、やはり魔族に教えてもらったと考えるのが妥当ですわ……)

アルマの頭から手が離され、アルマは地面に倒れ伏した。数秒後、ムクリと立ち上がり、ふらつきながらも恭しく相手へ礼をする。

アルマは目の前の相手の言葉を時折頷きながら聞き入れ、最後に「かしこまりました。おまかせください」としっかりと答えた。

彼は自身が、相手の部下であると思い込んでいるようだった。

明らかに彼の記憶が改竄されている。

(あと少しで、記憶解剖の魔法が切れてしまう……)

アルマの体が消えかかっているのだ。あと少しで分かりそうなのに、とフィオラは唇を噛んだ。

口に手を当てフィオラは数秒考え込む。そしてなにかを決心すると、『"精神"への記憶解剖』の魔術を唱える。

(残りの魔力では一瞬しか覗けませんが……)

体への記憶解剖と異なり、精神そのものへの干渉はさらに魔力を消費する。さらに体力もかなり消費するので、今襲われたらひとたまりもないだろう。

アルマの精神記憶が脳内に映し出される。アルマの見ていた景色そのものだ。短時間のため顔をはっきり見ることはできなかったが、相手の風貌は確かに見えた。

鱗に覆われた体。長く先が分かれた舌。

映し出されたのは巨大な蛇の影だった。





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