第27話

「ああ、良いぞ」

あっさりとフィオラの提案は受け入れられた。

「まだフーシィは捕まっていないし、まだ油断ならないからのぅ」

パタパタと扇を動かし、ハイリンは言葉を続ける。

「フーシィはのう………普段はああじゃが、国の大事には力になってくれる良いやつだった。あやつにはいつも助けられておったのじゃ……いや、フーシィだけではない。スイリンも、ザリィバも、私のことを助けてくれていた。あの三人の中に犯人がいると考えたくなかった」

彼女の言葉は、いつもの覇気のある様子からは想像できないほど弱々しい。

「ハイリン様………」

「ふっ、情けない姿を見せたな。もう大丈夫じゃ。心に整理はついておる」

「それって……」

ハイリンは一つ頷くと、重々しく口を開いた。

「フーシィは捕らえ次第、みなの前で処刑するつもりじゃ。長年に渡る王族への謀反行為、庇い立てできん」

「そう……ですわね……」

なにか、ひっかかる。本当にこれで良いのだろうか。

「どうした?」

「いえ……」

フィオラは首を横に振る。この妙な胸のもやは、フィオラの直感でしかない。

今言ったとて、どうにもならないだろう。

だからこそ、フィオラ単体で不安要素を調べることに決めた。

「ハイリン様、アルマの尋問が終わったとお聞きしたのですが」

「あーアルマ、な」

ハイリンは気まずそうに視線をそらす。

「彼に会うことはできるでしょうか」

「会うことは可能だが、あやつはもう死んでおる。無駄じゃと思うが……」

「いえ……少し、考えがございます」

「ふむ……」

ハイリンは少し考え込む動作をした後に、一つ頷いた。

「よかろう。その前に、レイリオ。席を外せ」

「えっ」

レイリオは耳をピンと立て、ショックを受けた顔をする。今にも『ガーン』という効果音が聞こえてきそうだ。

「いくらお前が大人になってきているとはいえ、親としてはあまり聞かせたくない話もあるのじゃ」

許せ、とハイリンは優しく笑って見せる。

レイリオはなにか訴えようとしたが、その口を閉じた。母の気持ちを尊重するようだ。

「扉の外で待ってますからね」

右の頬を膨らませながら、レイリオは部屋から出ていった。

それに見送り、ハイリンは会話を再開した。

「待たせたの……単刀直入に言うが、アルマ

は死んだ」

やはりか、とフィオラは続きを待つ。

「さて、アルマの死体に会うことは可能じゃが………どうする?」

フィオラの答えは最初から決まっている。


コツ、コツ、と靴音が響く。

フィオラが向かっているのは、城の最北部、表に出せない死体を安置している、特別遺体安置所。数時間~数日間のみの保管で、一目にさらされることもないので、衛生環境は悪い。ハイリンの意向で、今はフィオラのみがアルマの元へと向かっている。

いくつかの死体が横たわる中、フィオラは以前見た男、アルマを見つけ出す。

フィオラは両手を合わせ黙祷した。

数秒後、パッと表情を入れ換えると、ある祝詞を唱え始める。

「──────v──th─p」

フィオラが唱えたのは、記憶解剖の魔術だった。

魔法というのはその生物に備わった魔力を様々な力に変換しているもの。電気を源として、掃除機や洗濯機が動くように、魔力を源として魔法は成立しているのだ。よく使われる火や水を操る魔法は、最も分かりやすく、簡単な魔術によって行われている。(もちろん、精密な動きを求めれば難易度はあがる)

魔術は魔力を魔法へと変換させる仲介役となっている。魔法を使うための呪文のことだ。つまり、魔術を新しく作れば、新しい魔法を使うことができる。

人間は古代より、その新しい魔術の開発に力を入れてきた。もちろん、術式が難しくなればなるほど魔力も技術も高いものが求められる。

フィオラが今行おこなった記憶解剖の魔法も、非常に高度な能力を必要とする。魔力の消費量も、他の魔法と比べ桁違いだ。

(しかし、一部と言えど、死者の記憶を覗くことができるのは大きい……)

フィオラは腕を磨いてきたが、この魔法が成功する確率は60%ほどだ。また、成功したとしても、大量の魔力消費の影響で、数日は寝込まなければならない。

アルマの体がドクンと波打つ。

続いて、スゥっと、半透明のアルマがその死体から出てきた。

彼は無言で扉の方へ向かうと、ドアを通りぬけていく。彼の死ぬ前の行動を模倣するのだ。

(私が指定した範囲は火事が起こる数日前………さあ、何が映るかしら)


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