第10話 戦闘

戦うことが好きだと気づいたのは、剣を握ってすぐのことだった。

体術、剣術、どれを学んでもすぐに吸収し、叔父は女らしくない、と不満そうだったが、勉学も常にトップを取り続けたため、口うるさく言われることもなかった。


最初に剣を教えてくれたのは身の回りの世話をしてくれていたカルディアというメイドだった。専門は別だが剣もできるから、と優しく指導してくれたのを覚えている。

(そういえばあの子だけは、叔父が家の主となった後もわたくしに親切にしてくれたわね……)

叔父は気に入らない使用人を次々と解雇していった。叔父に逆らった者は、家を護る騎士であっても、仮にそれが騎士団長だったとしても解雇された。

私の面倒を見てくれた人も、護ってくれた人もみんな。

だから私はさらに鍛練した。誰にも負けないように。あの人たちが安心して帰ってこれる環境を作れるように。


(爵位を継ぐ体制を整える前に追い出されてしまったのだけれど。そう考えると叔父様の勘は鋭かったのね。あともう少しでしたのに)

過去を悔いても仕方がない。あーだったらこーだったらと繰り返すよりも、自分のできるベストを実行するのみだ。


(今私わたくしにできるベストは………)


目の前のリーリィを倒すこと、ではない。

レイリオの母─ハイリン様─を納得させることだ。一方的に相手を傷つけても、"レイリオを助けた人物"としての証明はできない。


「考え事か?余裕だな!」

「っ!」

リーリィの槍が頭上から迫る。フィオラはまたギリギリでよける。

(手加減をして勝てる相手ではございませんわね………)

仕方がない。彼女をできるだけ傷つけず無力化する。まずは……

(その槍を破壊する!)

フィオラが狙いを定めたときだった。

グラリと床が揺れた。

地震というやつだろうか。

フィオラは持ち前の体感で耐えたが、リーリィは体制を崩した。

隙が生まれる。彼女は転びかけている。今ならばその腹部に蹴りを食らわすことも、槍を破壊することも容易いだろう。

フィオラは地を蹴った。リーリィに接近し、その背中を両手で支える。お姫様抱っこするような姿勢になり、リーリィと目が合う。かあああっとリーリィは顔を真っ赤にした。

「なっ、なっ………!」

「失礼、つい」

彼女とは立場上敵対しているだけだ。自分に敵意を持たない者に無慈悲に接するというのは、己の信条に反する。

「貴様っ!舐めるな!」

リーリィは再び槍を構える。フィオラは大きく後ろに飛び、距離を保つ。

「止めよ!」

ハイリンの声がホールに響き渡る。

「なぜです!私は、私はまだやれます!」

ハイリンはゆっくり首を横に振った。

「もう良い。十分じゃ。今のフィオラの行動で、だいたい分かったからの。それに……これ以上やると、レイリオに嫌われてしまうわ」

困ったようにハイリンは笑った。彼女の膝の上では、レイリオは低く唸り、感情を殺すように歯軋りをしている。

「レイリオは生まれながらに警戒心が強かった。そんなこの子が、ここまで怒りを顕にするというのは………そなたの言うことに、嘘偽りはないのだろうて」

ハイリンは立ち上がり、優雅な動きで頭を下げた。それはフィオラも見惚れるほど、美しく、気品のある礼だった。

「ハイリン様!人間に頭を下げるなど!」

「良い。……試すような真似をして申し訳なかった。私の名はハイリン・イーユイという。レイリオを助けてくれたこと、礼を言おう。そなたは息子の、いや、我が国の恩人じゃ。なんでも欲しいものを言うが良い。可能な限り用意をしよう。この国の、たった一人の後継ぎを守ってくれたのだから」

ハイリンの言葉にレイリオがバッと顔をあげた。その顔色は悪く、困惑している。

「待ってください。僕には兄様方がいたはずです!弟も一人……!」

ハイリンは眉を寄せ、深く深く息を吐いた。

「みな、死んだ。死んでしまったのじゃ」

ハイリンの声は震えている。

フィオラはその言葉を聞き、悟った。

この国は、かつてないほどの危機に瀕しているのだと。

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