第11話 和解

「そんな!なんで!?」

レイリオは母に詰めよった。ハイリンは目を伏せ、ポツポツと語りだした。

「長兄、カイは原因不明の病にかかり、次男のタイチは魔物討伐に行った際に戦死してしまった。そしてそなたの弟は……暗殺された」

「暗殺……?」

フィオラは眉をひそめる。

「そうじゃ。食事のせいで、毒を吐いてな。毒味はいた。だが、買収されていたのじゃ」

「毒味は……捕らえましたの?」

「ああ。じゃが尋問をする前に口に含んだ毒で命を絶ちおった。毒味役が毒で死ぬとは……皮肉なもんじゃの。

毒味役をおめおめと自殺させた警備員も拘束したが……何も吐かぬ。本当に情報を知らないのか、頑なに隠しているのか……。忌々しい………許せぬ……!」

彼女の顔は獰猛な狐へと変化する。歯を抜き出し、低く唸る姿はまさしく獣だ。だがそれは一瞬のことで、すぐに冷静を取り戻すと、彼女は人間の顔に戻りにこりと微笑んだ。


「さて……ここからは客人とレイリオと三人で話したい。リーリィは部屋の外で待機しておれ」

「まだ国に来て半日も経っていない者と護衛をつけずに話すのですか!?危険すぎます!」

「こやつの性格は先ほどの戦いで分かったであろ?問題ない」

「しかしっ!」

「リーリィ」

諭すようにゆっくりと部下の名を呼ぶ。リーリィは一度歯軋りをすると、しぶしぶといった様子で広間を出ていった。

ハイリンはフィオラに向き直り、にこりと微笑みかける。

「すまぬな。礼儀を欠いた。改めて……名を聞かせてはくれぬか。レイリオの恩人よ」

その声色は先ほどまでの威厳のある声とは違い、柔らかく優しかった。

フィオラは少し迷った後、ドレスの裾を掴み、ゆっくりと、そして丁寧にお辞儀をした。フィオラにとって、礼とは人生の一部を見せるようなものである。厳しい社交界において、味方のいない家のなかにおいて、誰からも舐められないよう、品格を保てるよう、何度も何度も練習をしたものだ。この国流に片膝をつき、挨拶をすることも考えたが、フィオラは自国の方式で挨拶をすることを決めた。

「フィオラ・ヴィンセント・グレースと申します」

「……面をあげよ」

ハイリンと目が合う。彼女の目から疑心の感情は消え失せていた。

「レイリオを助けてくれたこと、深く礼を言おう。なんでも望みを言うが良い。人間との国交も………場合によっては一部許可をしよう」

フィオラは息を飲む。怪物けものは奴隷にされたり毛皮を売られたりしたせいで人間に並々ならぬ憎悪を抱いている。この国の長である彼女ならば民衆の数倍の恨みを抱いていてもおかしくない。そんな彼女が国交を視野にいれる提案をするというのは、相当なものだ。

(そして、わたくしをそのような話ができる相手と認めてくださったということ……ありがたいわ)


わたくしはこの国で暮らさせていただきたいと思っておりますわ」 

ずっと大人しくしていたレイリオが嬉しそうにピョコピョコと耳を動かす。

「………なぜだ?いや、こちらとしては何も問題はないし、むしろ………。そなたはそれでいいのか?先ほどの礼、見事であった。そなたは、人間社会のなかでは高い地位にいるのではないのか……?」

ハイリンは心配そうに目を細めた。

「心配していただきありがとうございます。けれど、わたくしはこの国で暮らすことが一番の望みですの。ここを去ったとして行くところがありませんもの」

フィオラは肩を竦めた。

「そなたも何か……苦労しているようじゃな。無理に聞こうとは思わんが、力になれることがあれば言うが良い。その代わりと言ってはなんだが……そなたには、ここに住んでほしい」

「宮殿に……?」

「率直に言うと、レイリオを守って欲しいのじゃ。先ほどリーリィと手合わせをさせたのも、単純にそなたの腕を見たかったというのがある。フィオラの腕前ならば、レイリオを任せても大丈夫じゃろう。とはいっても全て任せっきりにするつもりはないから安心してくれ。レイリオももう自分で考えて行動できる年じゃからの」

ハイリンはレイリオを膝に乗せたまま顎を撫でた。レイリオを気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

わたくしが言うのもなんですが、本当にわたくしで良いのですか?もし、先ほどの戦闘、貴女に気に入られるように計算して行動していたら………?」

ジッとハイリンを見つめる。今日来たばかりの自分をなぜレイリオの護衛にするのか。かまをかけているのか。それとも別の狙いが……?

「っはははははははは!」

ハイリンは吹き出した。

「ふふっ、すまぬ、そなた、意外と素直なやつじゃのー!ふふ………私がさっきの戦闘だけを見ていたわけがなかろうて。そなたが部屋に入ってきたときからずっと、そなたの様子を観察しておったわ。戦闘は判断材料の一部にすぎん。それを踏まえて、私はそなたを信用に足る人物だと判断したわけだ。それと……今は身内さえ信用できない状態じゃからの。外から来た者の方が良い場合もある。どうじゃ?まだ理由は足りぬか?」

「いえ、ありがたき幸せですわ。ハイリン様」

「良い良い。ハイリンと呼んでくれ。そなたとはフェアな関係を築きたくての!私もフィオラと呼ばせてもらうぞ」

「ええ分かりましたわ、ハイリン。レイリオの護衛、務めさせていただきます」

「感謝する。褒美も弾もう」

ハイリンは玉座を降り、フィオラと握手する。その手をフィオラも強く握り返した。




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