第17話 火事

怪物けものの国は人が住んでいるところとは別空間にある。人間にバレないように、特別な"膜"を貼り、あたかもそこには何もないかのように見せている。しかし、人の住んでる世界と別離してあるとはいえ、"膜"の外側で起こる出来事には影響を受ける。その一つが、火事だ。火そのものは侵入してこないものの、膜の近くの木々が燃えれば、膜の中にある怪物けものの国の温度もあがる。放っておくと蒸し焼き状態になるのだ。そのため、火事が起きたときには騎士団が待機している場所に警報を鳴らし、騎士は鎮火するために準備を始める。

「火を消すことを専門とするお仕事はないの?」

説明をしてくれていたレイリオに尋ねる。

「うーん……ないですね。その代わり騎士団の中で役割が分かれてるよ!」

膜の外は怪物けものが最も警戒をする場所らしい。確かに、膜の存在がバレたら様々な生物が侵略してくるだろう。怪物けものの武力が劣っているというわけではないが、今のような安寧な生活は保証されなくなる。だから騎士団は鎮火しにいくと同時に周囲の調査もするのだという。

「報告です!火の勢いは比較的弱く、周囲の被害も現時点ではそれほど酷くありません!」

駆けつけた騎士がスイリンに報告する。スイリンは頷くと、てきぱきと指示を出し始めた。


「レイリオは行かなくていいのかい?」

「え?」

ザリィバの言葉に眉をよせる。なぜわざわざレイリオを火の中へ連れていかなければならないのか。

「だってそうだろう?膜を通しての行き来は誰でもできるが、膜を貼り直すのは皇族しか許されていない。だから次期王位継承者は定期的に騎士と共に膜の外へ行き点検する。それにこうした問題が起きた時こそ、膜が傷ついていないか確認するのが代々義務づけられているじゃないか」

バッとフィオラはハイリンを仰ぎ見る。今のフィオラ達の位置はハイリンに近いため、今の会話も聞こえていたはずだ。

ハイリンは目を伏せ、しばし考え込んだ。

「レイリオ」

少し声を抑えて、ハイリンはレイリオに話しかけた。

「お主はどう思う?行く気はあるか?」

「はい、小さい頃からそう言われてきましたし、前は兄上がやっていたけど……僕も膜の直し方は覚えています!」

「そうか………」

次にハイリンはフィオラに目を向けた。レイリオについていってくれるかと問いかけている。

フィオラはハイリンを見つめかえし、しっかりと頷いた。


「……スイリン」

「ハッ!」

「"外"へレイリオも連れてゆけ」

「いいのですか!?」

「良い。ただし護衛としてフィオラもついてゆく。彼女用の馬も用意せよ」

「………彼女は、人間ですよ?」

「緊急事態じゃ。それはお前も分かっているだろう?」

数秒の沈黙の後、スイリンは馬の用意をしにいった。

「さて、二人には動きやすい服に着替えてもらうぞ」

今の二人の服装は宴用の正装であり、火が簡単に燃え移ってしまうのだそうだ。

レイリオとフィオラは黒の布地に身を包み、口元を覆った。また、燃え移らないようにとフィオラは髪を一つにまとめる。

「フィオラ様のズボンの姿、新鮮です!」

かっこいい!とレイリオは目を輝かせる。

「ふふっ、ありがとう。レイリオもかっこいいわ」

レイリオはテレるように笑った。

「準備はできたか?」

全身を黒で固めたスイリンが馬を持って現れた。

「レイリオは実際にやるのは初めてだろう。私は君の兄がやっている様子を見てきたからね。できるだけサポートするよ。ただ、手が回らない時もあるだろうからフィオラもよろしく頼んだよ」

スイリンは早口で告げると馬に飛び乗る。フィオラもレイリオと共に馬に乗った。

スイリンが大声で合図をする。

一斉に馬が走り出した。景色が次々と後ろに流れていく。

「外まであと25メートル!」

部下の誰かが叫ぶ。

「よし!開けろ!」

スイリンが指示を出すとあらかじめ出口の近くで控えていた怪物けものが勢いよく膜を剥がした。

外へと繋がる四角い空間が露になる。

膜外まくそと、問題ありません!」

「総員!用意!」

列の前と後ろにいる怪物けものまじないを唱えた。

体が包み込まれる感覚がする。

(これは……防御魔法かしら。本来、相手の攻撃を一時的にしのぐだけのものだけど、少し効果を弱く、範囲を広げることで、大人数を長時間守れるようにしているのね)

先頭を走るスイリンが外に飛び出す。次々に騎士が膜の外へと出ていった。

「行きますわよ」

「はい!」

レイリオに優しく声をかけ、フィオラも膜の外へと馬を走らせた。

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