第18話 消火

熱風が顔に吹きつける。

先程怪物けものがかけてくれた防御魔法のおかげでだいぶ楽だが、それでもひしひしと熱気が伝わってくる。

スイリンは瞬時に状況を把握すると、すぐに指示を出して消火を開始した。一緒に連れてきた馬のなかには大きなタンクを背負っているものが何匹もいて、それから水を取って消火に当てているようだった。

(そっか……怪物けものは魔法が苦手だから……)


この世界にいる三種族にはそれぞれ得意分野がある。怪物けものは身体能力が優れており、その代わり魔法が苦手。逆に人間は魔法が優れており身体能力は怪物けものに劣る。そして、その両方を器用にこなすのが魔物という生き物だ。

つまり怪物けものは先程の防御魔法を使うだけで魔力をかなり消費してしまったはずだ。

体力があるから消火は可能だろうが、それにはかなり時間がかかる。怪物けものにとってはそれが普通かもしれないが、ここには水魔法を使える人間がいるのだ。協力すべきだろう、とフィオラはスイリンに歩みよった。


「申し訳ありませんが水の樽を一つ、お借りしてもよろしいですか?」

「え、樽を一つ?」

スイリンは困ったように目を泳がせた。

わたくしは水魔法を使えます。お力になれるかと」

「水魔法………確かに、人間は水を自在に操れる者もいると聞いたが、本当にできるのか?持ってこれた水の量は限られている……もし失敗したら……」

「問題ありませんわ」

スイリンの不安を消し飛ばすように、フィオラは高々と宣言した。胸に手を当て、その目は爛々と燃えている。

わたくし、これでもアカデミーではトップの成績を取っておりましたの。それに操作魔法はわたくしの最も得意な分野ですわ!」

「そうか……なら君に任せよう!」

「ありがとうございます!」

レイリオが樽を一つ持ってくる。レイリオは頑張ってください!と手を動かした。それに応えるように微笑み、フィオラは樽を開ける。中には並々と水が入っていた。

(よし、この量なら大丈夫そうですわね)

レイリオに周囲の様子を警戒させつつ、ちゃぽんと指先を水に入れ、フィオラは祝詞を唱える。

「───fd─────hj───gu」

水が蠢き、身体の感覚と同化する。指を樽から抜くと同時に、樽の中の水も宙に浮かぶ。


(火は燃え広がっていない。スイリンの指示が良いのね。これなら消火できそう)


指揮をするようにフィオラは腕を動かし、水の塊を二つに分けた。それぞれを火の強い場所へと向かわせ、消火を開始する。ジュウウウと音をたてて着々と火が消えていく。

水を操作する利点は量を抑えられることだ。地面に着水する前に水を拾い、再び消火に使う。これには水滴を一つも溢さない精密な操作が必要であり、帝国の中にも数えるほどしかできる者はいない。

「ふぅ……これで大丈夫でしょうか」

勢いよく燃えていた火は全てが消火され、あとには炭になった木々と鼻を突く臭いが残った。

「すごいですね。想像以上だったよ」

スイリンが労いの言葉をかける。自分にできることをしたまでだとフィオラは答えた。

「フィオラはいつまでここにいるの?」

スイリンは不意にそんなことを尋ねた。一瞬、早く出ていけという意味かと思ったが口調からそうではないことが分かった。

「ずっといてくれたらいいなぁって。君はすごいよ……見ず知らずの私達のためにさ。ハイリン様は人を見る目がある。私も君を信用しよう」

スイリンはにかっと笑った。それは役職や立場とは関係のない彼女自身の笑顔だった。


残り火がないか確認した後、スイリン達は馬に乗った。フィオラもレイリオに助けられながら馬に乗る。先程の操作魔法で魔力をだいぶ消費したのだ。特に操作は脳を酷使するため、しばらくは目を瞑って休みたかった。

「フィオラ、大丈夫?」

「ええ大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」

そう言い、レイリオの頭を撫でようとした時だった。


上から何かが降ってきた。

それは人の形をしている。だが皮膚は黒く、所々鱗に覆われている。背中からは悪魔のようなギザギザの翼が生え、指先から凶悪なかきづめがついていた。

「魔族………?どうしてこんなところに」

スイリンがぽつりと呟く。魔族と怪物けものが暮らす場所は遠く離れており、普段ならここに魔族が近づくことはないのだ。

次々と魔族は地に降り立つ。怪物けもの達も気を引き締め、己の持つ剣に手をかけた。


「よーう怪物けもの

先頭にいる魔族の肌が人間のように変わる。赤の目を邪悪に光らせながらスイリンに話しかけた。

「魔族がなんのようだ」

カチャリとスイリンが剣に手をかける。その顔つきは武人のものへと変化していく。

「おっと、俺達は戦いにきたわけじゃない。ただ一つお願いをしに来ただけだよ」

ニヤリと魔族が嗤う。

「お願い………?」

「そのレイリオってやつを寄越せ。そしたらお前達を襲わないでやるよ」


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