第33話

「は?」

ザリィバは無言で牢を見つめる。

そこには屈強な男達が山積みになっている。全員白目を向き、意識のある者は体をピクピクと痙攣させている。

(あの女はどこだ……!)

牢の中には男しかいない。男の山の後ろに隠れているのかとも思ったが、そこには誰もいなかった。

「おい、説明しろ」

山の中の一人の髪を掴み、ザリィバは低い声で尋ねる。

「うぅ……天女……女神がぁ……」

うわ言のように男は繰り返す。ザリィバは無言で男の頭をぐしゃりと地面へ投げ捨てた。

ザリィバは牢の鍵を開け中に飛び込む。隈無く探したがどこにもフィオラはいない。

「っこの、役立たずどもが!!」

腹いせにザリィバは男を蹴る。男は呻くが抵抗する気力もないようだ。

(こいつらの獣モデルは狼や虎だぞ……?女一人でいったいどうやって……)

ギリリとザリィバは爪を噛んだ。

「許せない。こんなこと、あってはならない……私に逆らうものは皆殺しだ!

おい!起きろ!今すぐあの女を」

彼女はそれ以上言葉を続けられなかった。彼女のみぞおちに何かがめり込んだからである。

「がはっ……!?」

ザリィバは牢屋に衝突し、膝をつく。

その横を、コツコツと足音が通過する。

「フィオラぁ!いるんだろぉ?そこに!」

ザリィバが叫ぶと答えるようにスゥゥとフィオラが姿を表す。

「はっ!人間は姿を消す魔法も持っているのか……!ズルいねぇ」

「そんな便利なものでもありませんのよ?これを使うには……ある程度の代償も必要ですし……」

ガシャンとフィオラは牢を閉める。ザリィバは牢の中へ残された。

「牢の鍵を持っていないのが残念で仕方ありませんわ……まぁ、今の貴女も十分良い絵になっておりますけれどね。……あら、扉の外には兵が控えているのね。まあこの程度、わたくしにとって、何の問題ないのですけれど」

瞬間、フィオラは地を蹴った。彼女は一目散に出口とは逆の方へと向かう。

「馬鹿め!血迷ったか?そっちは壁しかないぞ!」

牢から出ながら、ザリィバは嘲るように叫んだ。

フィオラは速度をあげ、壁へと近づく。トッ、と彼女は飛び、宙ですばやく足を入れ換えると、槍のごとく鋭い蹴りを壁へといれた。

ビキビキ……と音をたてて壁にヒビが入る。ひび割れは広がっていき、ブロックが崩れ、壁に大きな穴があく。その先にはトンネルのような空間が、まっすぐ掘られていた。

フィオラはその入り口に片足をかける。

「ね?問題ないでしょう?」

軽く微笑み、フィオラは優雅に言い放つ。

「なぜ……」

(なぜお前が、その通路を知っている!?)

ザリィバは目を見開き、口から出かかったその言葉を抑え込んだ。

ザリィバはその通路の存在を知っていた。さらに言えば使っていた。

その通路は、ザリィバが魔族と密会をする際に使用していたものだ。フィオラが壊した壁は隠し扉になっており、中に空洞がある分壊しやすい。それでも、ただの人間の力ではびくともしないはずの壁なのだが。

フィオラはくるりとザリィバに背を向けると、その奥へと消えていく。

「ま、待て!……衛兵!」

バタバタと足音をたてながら慌てて兵が地下牢へ駆け込んでくる。

「遅い!このうすのろが!早くフィオラを追え!早く!でなければ打ち首だ!」

ザリィバは青筋をたて、威嚇まじりに指示を出した。兵は焦って足をもつれさせながらフィオラを追うが、フィオラの後ろ姿は既に見えない。

(なぜこんなにも鈍い……いや、私の指示までその場で待機するよう命じていたな。

強い命令を与えすぎると臨機応変に行動できないのか……無能が)

ザリィバはぽっかりと空いた壁を眺めた。握りしめた拳に、じんわりと血がにじんだ。





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