第37話

フィオラは小屋の扉を閉め、森を見渡す。

ヴォルクがザリィバと繋がり、フィオラを陥れようとしている可能性も捨てきれないからだ。

だが辺りに怪物けものの気配はなかった。杞憂だったようだ。

木々はうっそうと生い茂り、方向もうまく掴めない。空から全体を見渡すことは可能だが、それは魔力を大量に消費するし、なによりザリィバから見つかりやすくなる。


(今、王宮はどうなっているのかしら……。魔法には確か精神支配のものもあったはず………。ザリィバは魔法を使いなれていないでしょうから、できるのは偽の記憶を植えつけたり、思考を誘導することくらいかしら。それでも十分厄介ですけれど。

レイリオは……まだ殺されていないはず。ザリィバはわたくしを殺して、民からの信頼を勝ち取ってから行動するタイプだから……)


そう考えても一抹の不安は残る。

早く助けに行かなくては、と、フィオラは自らの記憶を頼りに、ある場所へと向かった。

そこは大きな池だ。木々に囲まれ、ぽつりと存在している。

その池の前で立っている男がいた。いつの間にか日は落ちかけ、橙に照らされた彼の髪は、銀色に輝いている。

「………君はなんでこんな場所に?」

男はフィオラの方を全く見ずに言った。

「気分転換に釣りをしたくって!」

声色を明るくしてフィオラは答えた。

男はプッと吹き出し、笑い声をあげた。

「俺もだ」

フィオラの方へ体を向け、男はニィと笑う。

そこにはフーシィがいた。

彼の髪は王宮で見たときよりもボサボサで、衣服もくたびれている。しかしその顔に、疲労の色は見えなかった。


「ほぉー、お前も追い出されたのか」

パチパチと枝が焼かれる。薪を火の中へ入れると、小さくなっていた炎が再び大きくなった。

焚き火を囲うようにして二人は座っている。

「地下牢の脱出口の情報、助かりましたわ」

フーシィは魚を頬張りながら「おう」と短く返事をした。

「ザリィバはお前らのこと分断すると思ったからな。お前ら二人はやりずれぇもん」

彼の口からはボリボリという音が聞こえていた。骨ごと食べているようだった。

「これからどうすんの?」

他人事のようにフーシィは聞いた。

「色々と考えておりますが……どれも良い案とは言えません」

フィオラはため息混じりに笑った。

「フーシィ様はどうするのですか?」

「んーまあ、俺も考え中だな」

手を頭の後ろで組み、彼は空を見上げる。二人の状況に反して、空には綺麗な満月が輝いている。


「俺も目的は一つだけ。スイリンに楽な生活をさせてやりてぇだけなんだ」

「スイリン様に……?」

「惚れた女にゃ、幸せになってほしいだろ?」

フーシィは鼻歌を歌うように、穏やかに告げた。

「………」

「んだよその顔。意外だったか?」

フーシィは苦笑し、両手を膝の前で組む。

「昔、スイリンにとある一言を言われたのさ。あいつにとってはなんでもないんだろうけどね。他人のたった一言で、救われる人生もあるもんだ」


彼は煙草を取り出し、焚き火で火をつける。

大きく息を吸い、吐き出す煙と共にフーシィは言葉を続ける。

「なあ、今王宮はどうなってるんだい。俺のいなくなった後なにがあった?」

あんたが追い出されてるんじゃ、かなり状況は悪いんだろうね、とフーシィは軽くため息をついた。

「ええ、はっきり言って、良い状況とは言えませんわ」

フィオラは現状から、推察していることまで、全てを話した。フーシィは時折相づちをしながら(彼にしては)真剣に話を聞いていた。

「精神支配ぃ?魔法にはそんなもんもあるのか!」

こりゃやられたとフーシィは頭をおさえる。

「くそー、ザリィバだけ叩けばいいんじゃねえのかよ」

ははは、とフーシィは乾いた笑いをもらす。

それは分かりきっていたというような、予想が当たってしまったというような雰囲気を帯びていた。


「策は、ある」

フーシィはぽつりと言った。

「ちょーー嫌だけどね!俺はリスクが大嫌いだから!でも………やってみるかい?」

フーシィの口調はおどけているようで、真剣だ。

「ええ」

フィオラは力強く頷いた。








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