第36話

「さあ話せ。お前はなぜあの場にいた?」

わたくしは追われていたのです」

「ほう?」

おもしろそうにヴォルクは口を歪めた。

怪物けものの国では今王位の継承を巡る争いが起きております。わたくしはこの国の皇太子を偶然助け、それに巻き込まれました」

「偶然?」

「ええ、偶然」

探るようなヴォルクの視線にフィオラは堂々と答えた。本当に偶然だったのだからそれ以外の答えはない。

わたくしはとある怪物けものに皇太子殺害の罪を着せられ、現在逃亡中です」

なんでもないというように彼女は言った。

「ふぅん。それで?」

「それで、とは?」

「まだ話していない情報があるだろう?」

話せ、とヴォルクは顎で促した。フィオラは笑顔を作ったまま答えない。彼の要望に素直に応じる気はなかった。

「お断りしますわ」

「なに?」

「というか、なにも分かりませんもの」

「先ほど"とある怪物けもの"に罪を着せられ、と言ったな?少なくとも、どんな怪物けものだったかは分かるはずだ」

「さあ……覚えておりませんわね」

つん、とフィオラははねのけた。

「小娘………今ここでお前を殺して頭の中を見てもいいんだぞ?」

ヴォルクはゆらりと立ち上がる。フィオラは座ったままで彼を指一つ動かさずに睨み返す。

「お好きになされば?誤って脳みそを傷つけて……記憶が取り出せなくなるかもしれませんが」

フィオラは魔力に力を込める。ふわりと辺りの空気が揺れ、彼女が臨戦態勢に入ったことを知らせる。

ヴォルクは黙ってフィオラを見ていた。数秒後、彼はため息をつくと、ドカリと椅子に腰を下ろした。

「何が欲しい?」

ヴォルクは脅しが通じないと分かると交渉に移った。それを見てフィオラも体から力を抜く。

「魔族の潜伏場所のリスト」

フィオラは端的答えた。

「全てか?それは……」

「いえ、怪物けものの国に侵略しようとしている魔族が潜んでいそうな場所だけで結構ですわ」

「ふむ……それならば可能だが……。それだけでいいのか?見たところ、味方の兵力が足りていないだろう?こちらから兵を貸してやっても良いが?」

「いいえ……。怪物けものの国に攻めいる際に、魔族ならばどこに潜伏するかを教えてくだされば十分です。貸していただいた兵が怪物けものの国を乗っ取ろうとするかもしれませんし?」

最後の方は冗談めかすように言った。それに答えるようにヴォルクは笑った。

「ははは!そうだなぁ、チャンスだと攻めいるかもしれん……ふっ、警戒心の強い人間だ。

まあいい。お前の要望に答えよう。その代わり……先ほどお前が隠した情報、今度はなにも隠さず全て教えろ」

フィオラは先にヴォルクから情報を話すように頼んだ。彼は特に悪い顔をせず、魔族が潜伏するであろう場所を、地図を用いて詳しく教えてくれた。教えた後にフィオラが逃げたら……とは考えないのだろうかと思ったが、彼の顔つきからして、逃げても自力で対処できるという自負が伺える。

だがフィオラに逃げる意思はなかった。フィオラは相手が誰であろうと約束を(自分からは)決して破らないと決めていた。

「全て教えた。次はお前の番だ」

フィオラは一つ頷き、話し始める。ザリィバという蛇の怪物けもの怪物けものの国を乗っ取ろうとしていること。協力している魔族の数、容姿、特徴………。ヴォルクは時折メモを取りながらフィオラの話を聞いていた。

「ふむ、なるほどな。そいつらには心当たりがある。魔族至上主義だとかなんとか言って、魔族が世界を支配する未来を信じきっている過激派だ。俺達もこいつらの存在には頭を悩ませていてな。好きにしていいぞ」

にこーとヴォルクは上機嫌に笑った。おそらく目の上のたんこぶだったのだろう。怪物けものと人間が処理してくれるなら好都合なのだ。

(反対されて、変な邪魔が入らないよりはましだわ)

フィオラは席を立ち出口へ向かう。

「む、もう行くのか?」

「話は終わったでしょう?」

「終わったが……こういうのは助けてもらったお礼を言って、少しは雑談するものじゃないのか?」

「あいにく時間ありませんので……」

くるりと踵を返し、出口へまっすぐ向かう。扉に手をかける刹那、ヴォルクはフィオラへ名を聞いた。

「女、名を教えろ」

「フィオラ・ヴィンセント・グレース」

彼女は顔だけ振り返り、それだけを答えて扉の向こうへと消える。

一人残った部屋でヴォルクは指を鳴らす。瞬間彼の姿は消え、ある城の椅子に座っている。

小屋のロッキングチェアとは似ても似つかない、赤く豪奢な椅子だ。

「あーーー!!ここにいたんですね!」

眼鏡をかけ、薄い紫の髪を後ろで一つに束ねた男が、つかつかと部屋へ入ってくる。

「ヴォルク~!お前というやつはいつもいつも無断でどっかへ行きやがって!俺がどれだけ苦労していると」

「まあ落ち着け。ほら、お前が欲しがっていた、今勝手な行動してるやつらの情報だ」

ヴォルクはメモを渡す。男はきょとんとしてメモを受けとる。

「情報……?お前が……?何があった?」

「面白い女に会った」

「理由になっていない。いつも不真面目なお前が、なんで真面目に情報をとってきたのかって聞いてるんだ」

「生意気で可愛くない……だが良い女だ」

「あーーまた話聞いてないよ。もういい、メモは貰っていくからな!」

男はメモを取ると足早に扉へと歩いた。

「いいか?どうせ聞かないとは思うが……あまり勝手な行動するなよ

お前はこの国の……魔族の王なんだから」

バタンと扉が閉じられる。

(フィオラ・ヴィンセント・グレース……ね)

ヴォルクは面白そうにワインを揺らすと一気に飲み干し、舌なめずりをした。



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