第20話 交渉

「何を……」

目の前の魔族は、こともあろうか女王の名を口にした。

「レイリオ様がいない間、国でなにがあったかご存じですか?事態は、あなたの一番上のお兄さん、皇太子が亡くなったことで始まりました。

ハイリン様はひどく心を痛め、精神を病み、皇太子が死んだのは誰のせいだ!と他の者を疑うように……」


魔族は目を伏せ、悲しそうにため息をついた。

「レイリオ様。あなたが国にいなかったのは十年だと聞きました。十年です。その間に、あなた以外の兄弟全員が死んでしまうことがどれほど異常で、あり得ないことか、お分かりになりますよね?

そう。ハイリン様の疑心は実の家族にも向けられ、彼らは排除されていきました。さらに、精神をお病みになっているせいか、それをハイリン様は覚えていないのです。

あなたが国に戻ったとき、ハイリン様は喜んだでしょう。しかし、排除しようとハイリン様が動くのは時間の問題です」

魔族は顔に力を入れ、キリッとした表情を作ると、レイリオをまっすぐ見た。

怪物けものの国は魔族には関係のないところ……ですがかつて我々の祖先は協力をして暮らしてきました。無償の協力が怪しいと言うのなら、どうでしょう、一部でもいい、我らと国交を開くというのは。

全力を持ってあなたをお守り致します。このヴァルモンにお任せください」

彼は恭しくお辞儀をする。

「共にハイリン様の目を覚ましましょう!そして」

「お前………」

揚々と語るヴァルモンの言葉をレイリオが遮った。レイリオはゆっくり顔をあげ、開いた瞳孔でヴァルモンを見る。

「お前……

「は?」

レイリオはヴァルモンを指差す。

「僕が奴隷船に詰め込まれる時、いただろう。薬のせいで意識は朦朧としていたけど、確かにいた。

距離は遠かったが、僕は目が良いから見間違えてはいない」

「………」

ヴァルモンは先程までの朗らかな表情を崩し、真顔になる。

対してレイリオは青筋を浮かべ、今にも人を殺しそうな様子である。

「お前は嘘をついただけでなく、僕の母を侮辱した………するはずがないだろ……母上が!そんなこと!」

レイリオはグルルルと喉で唸る。


「……やれやれ、レイリオ様は女王に毒されているようだ。あなたはどうです?レイリオを助けたくはありませんか?」

とフィオラの方へと視線を投げかけた。

「はぁ……いつまで続けるのかしら。この茶番は」

「茶番だなんて、私は真剣に」

「あなた、怪物けものの国を乗っとりたいだけでしょう?」

フィオラはギロリとヴァルモンを睨む。

「………!」

ヴァルモンの動きが一瞬止まる。

「皇太子を排除し、女王を孤立させることに成功した。そのまま武力で国を奪ってもいいが、それだと民からの反発が強くなり、弾圧に時間がかかる。ならいっそ、レイリオを殺さずに仮の王に仕立てあげ、自分たちは影から操ろう!

………といったところでしょうか。

お粗末な計画ね。反吐が出る」

嘲笑うようにフィオラは言った。


怪物けものと人間風情が………下手に出てやっていれば調子に乗りやがって……!」

ヴァルモンは壁に近づき、赤い突起を叩いた。

ビーーーっと音が鳴り、何人もの足音が聞こえてくる。

「大人しく従っておけばいいものを………。元の計画通り、お前を、いや、お前達を殺してやる!!」

何十人もの兵が二人を囲む。

「フィオラ様……」

レイリオが静かに問いかけた。

この場に来た瞬間に、レイリオは戦闘体勢へと入っていたが、まずは敵の出方を伺おうとフィオラが止めていたのだ。

「ええ」

フィオラが答えるや否や、レイリオの体がビキビキと音を立てる。目は獰猛な獣のものへと変わり、長く狂暴な爪が現れる。牙が生え、毛を逆立てるそれは、人の形を保っているとはいえ怪物けものの根元的な恐怖を感じさせる。

レイリオは背中を曲げ、四足歩行のような姿勢を取ると勢いよく地を蹴った。


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