第13話 毒

薄暗い室内でぼんやりと行灯が光る。障子に二つの影が映し出され、小さくうごめいている。

「計画はどうなっている?」

両者は畳に座っている。畳は一部分だけが高くなっており、そこに座っている女性が扇子で

口を覆った。

「計画は滞りなく……レイリオ様のカップに毒を仕込んだと報告が入っております」

男の従者は淡々と告げる。

「ほほ……そうか。そうか。この国の人間はみな愚直だからねぇ。すーぐ他人を信じたがる。レイリオも久しぶりの実家で気が抜けるだろうよ。皇族は格別体が丈夫だが、それでもすぐに死ぬよう調合した特別な毒。万一、一緒についてきた女が飲んでもあちらの味方が一人消えるだけ」

にぃぃと扇子を持った女性は目を歪めた。行灯が怪しく揺らぎ、ふっと消えた。


「フィオラ様!」

「問題ありません」

間髪入れず、フィオラは答えた。片手を出し、レイリオにこちらに来ないように指示を出す。

「でも!」

「しーっ。大きな声を出してはいけないわ。

…………おそらく胃がやられましたね。レイリオ、薬師を呼ぶよう、ハイリン様に言っていただけます?」

「薬師ならどこにいるか僕も分かるよ」

「いいえ、情報を漏らさない、信頼できる者を用意するように頼んで欲しいの……ゴホッ。……もちろん、内緒でね?」

レイリオは部屋を飛び出した。

フィオラは冷静に己の状態を確認する。

(味に異変はなかった……。感覚が鋭い怪物けものでも違和感を抱かないように気をつけられているのね。そしてこのわたくしがここまでダメージを受けるということは……レイリオが飲んでいたら……)

だんだんと、景色がぼやけてくる。体のだるさに負け、椅子に体重を預けた。


夢を見た。

目の前にはベッドで寝ている自分がいる。まだ幼い頃の自分だ。

「お父様………!」

つい、口から言葉が漏れる。

今は亡き父がベッドの横で心配そうに座っている。小さい私は目を覚ますと、嬉しそうに父を見た。

「お父様、お仕事は大丈夫なの?」

「ああ。娘が倒れたと聞いたらいてもたってもいられなくてね。どうして庭で倒れていたんだい?」

「ああ!そうですわ、わたくし毒草を食べて……」

「毒!?いったい誰に食べさせられたんだ!言ってみなさい、そいつをすぐに……」

わたくしですわ!」

「……?」

わたくし、自分で毒草を食べたんですの!舌がビリビリィってして、頭がぐるぐるしましたわ!初めての経験でした!あ、でもこの倦怠感は以前食べた別の草に似てますわね。確か分類は同じ草でしたっけ……」

うーんとフィオラは考える。

「もしかしてその、前食べた草も……」

「毒草ですわ!」

ニパーとフィオラは笑う。父は頭を抱えていた。

「なんで毒を食べるんだ……?なにか悩みでもあるのかい?」

「特にありませんわ。ただ将来、わたくしは色んな人から狙われる立場になると思いますの。きっと毒を盛られることも……。そんな時、耐性をつけておいたらリスクが下がるでしょう?」

「言いたいことは分かった………だがお前のことは私が絶対に傷つけさせないし、それでも毒の耐性をつけておきたいというのなら、こちらで毒を用意する。まずは弱い毒から始めよう。………それにしても庭に毒草なんて置いておいたのはどこの馬鹿庭師だ?あとで処分しておかないと……」

「ああ、お庭に一つもなかったのでわたくしが植えましたわ!」

「やめてぇ!?」

「町へお忍びで集めに行きました!」

「初耳!!」

父は目を白黒させている。それでもフッと笑うと優しくフィオラの頭を撫でた。


「フィオラ様!」

目を開けると目に涙をためたレイリオがいた。

「あら……心配させてしまいましたね」

「うぅ………!」

ぎゅっとレイリオはフィオラに抱きついた。

よしよしとその頭を撫でる。左を向くとヤギの顔をした人が立っている。白衣を着ているから、この人がレイリオがつれてきてくれた医者なのだろう。

わたくしはどれくらい寝ていたのかしら」

「10分です」

「あら」

「…………えー、薬を分析した結果、レイリオ様が飲んだ場合、1分以内に昏迷状態になり、5分以内に絶命するくらいのものですな。かなり強力で、証拠が残りにくい。あなたが生きているのが不思議なくらいです。本当に奇跡としかいいようがない」

わたくしは少し毒耐性がありますので

。治療していただきありがとうございます。それで、証拠が残りにくいというのは……?」

薬師は険しい顔をして書類を差し出す。

「ご覧ください。時間経過とともに、毒がなくなっているのです。おそらく、空気に触れると無毒化するものだと思います」

「ふむ………分かりました。ありがとうございます。ハイリン様とお話がしたいのですが可能でしょうか?」

「え、ええ。フィオラ様の容態を伝える際、聞いておきますね。体調は大丈夫ですか?」

「はい。おかげさまでだいぶ回復しております」

「そうですか、それなら良かった……。他の方より少し多く薬を使ったので、なにかありましたらまた連絡をください。では」

薬師は部屋を出ていった。

「フィオラ様、本当に大丈夫ですか?」

おずおずとレイリオが尋ねる。

「ええ、大丈夫よ。貴方が無事で良かったわ」

そう、本当に無事で良かった。フィオラが毒味をしていなければレイリオは死んでいたのだから。長年奴隷のように扱われ、やっと母親と再開できたというのに、この仕打ちはあんまりではないか。

(わたくしを怒らせましたわね……)

なんとしてでも犯人を見つけ、地獄を見せてやりますわ!

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