第15話 宴

様々な笛の音が一つの美しい曲を奏でている。それに合わせてドン、ドンと和太鼓の音が響き渡った。

参加者は各々今日のために用意した着物を纏い、手に持った盃をあおっている。

暗闇の中、ポツリポツリと橙に輝く灯籠が幻想的だ。耳を済ませば自身の冒険談をいきいきを話す若者や、好きな殿方のタイプを楽しそうに話す女子、また、会場の端でこれからの政治についてヒソヒソと語り合う者などがいる。辺りは喧騒に包まれ、フィオラもまた、端の陰になっているところで酒を飲んでいた。

「フィオラ様、フィオラ様!こっち、豚の丸巻き、すっごく美味しいよ!あ、あと鴨の肉も……兎もある!」

レイリオは小皿に肉をよそってはフィオラの所へ持ってきた。怪物けもの動物を食べても大丈夫なのかと思ったが、どうやら怪物けものは自分達と動物は全く違う生物だと思っているらしい。

仲間意識がないから、食べるのにも罪悪感をあまり抱かないそうだ。

人間と同じようなものである。


フィオラの前には大量の料理が並んでいる。

「レイリオ、ありがとう、わたくしこんなに食べれるか自信失くなってきましたわ……」

「そうですか?」

レイリオはフィオラに渡そうとしていた鹿の肉をそのまま自分の口に入れた。

もぐもぐと口いっぱいに頬張るレイリオはまるでリスのようだ。彼の耳やしっぽも上機嫌に動いている。

(ふふ……かわいい)

フィオラは食事する手を止め、ニコニコとレイリオを見ていた。

「どうしたの?僕の顔、なんかついてる?」

「え?ううん、たくさん食べる貴方が可愛くってつい見すぎてしまいましたわ」

レイリオは頬を赤らめて俯いた。


ドン!ドン!

太鼓の音が一際大きく鳴り響く。笛の音が止まり、全員が一斉に前を見る。

美しく化粧をしたハイリンが登場した。

会場にいた怪物けものが揃った動きで顔を伏せる。

「楽にせよ」

怪物けもの達は顔をあげ、体から力を抜いた。

みな、今宵はよく集まってくれた。最近は情勢が悪く、こういった宴もあまり開けていなかったからの。存分に楽しんでいってほしい。今日、こうして宴を開いたのは他でもない、私の息子を紹介するためじゃ」

こいこい、とレイリオに手招きをする。

二人が端でご飯を食べていたのはこうして呼ばれるのを待機していたのだ。


フィオラはいってらっしゃいとレイリオの背中をポンポンと軽く叩いた。レイリオは少し緊張した面持ちで母の隣へと向かう。

「昔この子を見た者もいるじゃろう。私の息子、レイリオじゃ!」

ワッと歓声があがる。中には涙を流してレイリオの帰還を喜ぶ者もいた。

「そして、もう一人、我が国の賓客を紹介する!……人間じゃ。お主らの中には、人間に強い恨みを持つものもおろう。じゃが、彼女はレイリオの恩人であり、この私が、信用できる人物だと判断した!フィオラ・ヴィンセント・グレースじゃ!」

フィオラは足を踏み出す。彼女が現れた瞬間、会場の全員の視線がフィオラに集中する。

フィオラもまた、会場にいる人達を見ていた。

全員の視線、息づかい、表情。それぞれをさりげなく確認し、歩く。フィオラはハイリンの隣に到着すると、ゆっくりとお辞儀をした。

「フィオラと申します。このような素敵な国に滞在することができ、嬉しく思っておりますわ」

予想はしていたが、フィオラに対する視線は優しいものではなかった。訝しげに眉を潜めるもの、面白そうに見物するもの、あからさまな敵意を向ける者……だが中にはレイリオを助けた人として好意的な目を向ける怪物けものもいた。その全てを受け止め、フィオラは堂々と立っている。


ハイリンはそこから二、三言話すと、宴を

再開するよう指示を出した。

再び辺りは喧騒に包まれる。ハイリンは豪奢な椅子に座り、ゆったりと酒を飲んでは、挨拶にくる怪物けものと会話をしていた。

レイリオとフィオラは端から席を移動し、中央付近に座った。

「レイリオ様、お久しゅうございます」

レイリオの元にも多くに怪物けものが挨拶に訪れ、慣れていないのか彼はアタフタと返事をしていた。


「ははっ、大丈夫か?レイリオ」

声をかけられ、顔を上げるとそこには灰色の髪に髭を生やしている男性がいた。白髪とは違う青みがかった灰色は月明かりに照らされて美しい。その瞳はレイリオと同じ金だ。

「お前慣れてないもんなぁ、こういうの。10年……だっけ?俺のこと覚えてる?」

「フーシィ伯父さん……」

「そーです!フーシィ伯父さんです!いやーごめんなぁ。すぐに挨拶に来たかったんだが、俺も大臣とかに捕まっててね。話長いんだーあいつ」

ハハハとフーシィは笑った。手近にあった酒をグイッと飲み干す。

「レイリオ、お前もあと少しで成人だろ?一杯どうだ」

「い、いえ。僕はまだいいです」

「そう言わずにさぁ」

「フーシィ様、そのくらいで……」

「んー?」

話しかけたフィオラをフーシィはだるそうに見た。

「ああ、君いたの」

眠たそうなたれ目から、鋭い眼光がフィオラを刺した。ビリッと肌が震える。

(飄々としているようで、探ってらっしゃるわね。わたくしのことを)

フィオラはにっこりと笑みを見せる。

「フィオラ・ヴィンセント・グレースです。わたくしもうお酒が回っているのかしら、挨拶も忘れ、お二人の会話に口を出してしまいましたわ……。お詫びいたします」

(さぁ、どう返してくるのかしら)

「……………ぷっ」

ははははは!っとフーシィは吹き出した。

「それは俺もだな!会えたのが嬉しくてつい挨拶をすっ飛ばした!俺も酒が回ってるのかねぇ……なんてな!」

フーシィは朗らかに笑った。それを見てフィオラは肩の力を抜く。

(わたくしを試したのね。あからさまな挑発に感情的になるかどうか)

お調子者に見えて、冷静に場を把握しているタイプ。敵に回すと厄介な性格だ。

「そーだよ。フーシィはいっつも思いつきで行動するんだから。お酒も飲み過ぎ」

フーシィの背後から短髪の女性が現れた。ストンと近くに座り、フィオラとレイリオをじっと見た。茶髪の髪に緑の瞳を持つ彼女は自身の胸に手を置き、口を開く。

「初めまして。レイリオはお久しぶり。スイリンだよ」

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