第56話 ザリィバ

「ザリィバ様、久しぶりですわね」

フィオラが話しかけると、ザリィバは力なく苦笑いをした。

「ザリィバ様、ね……。皮肉かい?

おかげさまでこんなになっちまったのに。笑ってちょうだいな」

ザリィバは見せつけるように手を動かす。繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てた。

「今日は何の用だい? 私の処刑の日が決まったのかい」

「いえ、ハイリン様はあなたを処刑しないことに決めました……」

フィオラがそう答えるとザリィバは怪訝そうに眉を寄せる。

「処刑しない?………そう、変わらず甘いんだね。

あんな目に遭ったっていうのにさぁ。

王族だから。血がつながっているから。

本当に、あいつは昔からぬるい。私はあいつを姉だと思ったことなど一度もないというのに」

嘲笑うように、ザリィバは乾いた笑いを溢す。

「そんなんじゃ私がやらなくてもすぐに国は滅びるて」

「ザリィバ様の処刑をやめようと提案したのは私ですわ」

ザリィバは意外だとフィオラを見た。

「そいつはまた何で。……もしかして、かわいそうに映ったのかい。変な情けなら無用だよ。私はこの結果をもう受け入れてる。

あんたらの勝ちさ。敗者にはさっさと罰が下るべきだろ」

「先ほどからあなたは自らの死を望んでいるように感じますね」

フィオラがそう言うと、ザリィバはしばし黙考する。

「あぁ、そうかもね。私は全てを失った。権力も、部下も。私に味方は誰もいない。

もう生きていても仕方がないんだよ。

私は一生王族には戻れないだろうしね。

そうさ。私は死にたいんだ。さっさと殺しておくれよ。それとも人を殺すのは怖いかい?お嬢ちゃん」

「あなたにとって生きることは……地獄のようでしょうとも」

そこでフィオラはザリィバを見る。彼女は凄絶な笑みを浮かべ、ザリィバへと言い放つ。

「だからこそ生きればいい。貴女は、ですわ」

ハッとザリィバは息を呑む。

「あんた……」

「ふふっ、わたくし、あなたのことを少しもおもんばかっておりませんわ。

貴女のようなタイプは生きている方がバツになると思いましてね。

ザリィバ様のことはこの国全ての、怪物けものが知ることでしょう。

怪物けものの寿命は長い。

なかなか噂も消え去りません。もしかしたら隣の魔族の国まで、あなたのことが知らされるかもしれませんね。そうすればあなたと同盟を結んでいた魔族にも連絡が行くでしょう。

その様子をあなたはそこから見ていればいい」 「ははは……お主悪魔か?」

ザリィバが笑うのに合わせてフィオラも息を吐くようにふふふっ、と声を漏らす。

「さあどうでしょう?でも、わたくし元いた国では悪女と呼ばれておりますわ。

わたくしはそれに対し、否定も肯定も致しません。わたくしは、私と、周りの人達に振りかかる不幸を少しでも潰しておきたいだけですわ」

「フッ……そうかい。敗けたわ。本当の本当にな」

完敗だ、と言うようにザリィバは両手を挙げる。

「私は全てを知っていると思っていた。昔から勉学に関しては右に出る者がいなかったからねぇ。国内の書物も全て読み、誰よりも博識だと思っていた。

でも、私の知っていた世界は狭かったようだねぇ。全てを知っていると思っていた私の目は、世界の浅いところにしか向けられていなかった。

少なくともフィオラよ、お前のような女がいることなど、書物のどこにも書いてはいなかったのさ。

世界はずっと広かった」

ザリィバはどこか遠い目をしてそう言った。

「そういえば、ハイリンの次は誰が王になるんだい?さすがにあやつはもう歳だろう」

「次はスイリン様になることが決まりましたが」

「スイリン……ついに、王家の血を継がない者が王になる日が来るとはな。王家も落ちぶれたものだ」

そう言い彼女は失笑した。

「いいえ、スイリン様はしっかりと王家の血を引いておられますよ」

「なんだって……!?」

ずっと下を向いていたザリィバの顔がバッと上がる。

「そんな話一度も……!

「えぇ、少々出生が特殊だったらしく、隠しておられたんだそうです」

「………へぇ、そう。初めて知ったよ。言われていないんだから、当たり前だけどね。ややこしいことを」

「ええ。しかし、フーシィ様はこの事に気づいておられました。兄弟の中で貴女だけが、気づいていなかったんです」

「…………」

「貴女は先ほど自分の見ていた世界は狭かったとおっしゃいましたが、貴女は目の前にあったことさえ見えていなかったように感じます」

フィオラは背を向け、地下牢を出た。

後からはザリィバの笑い声が一人、牢の中に響く。その声は何だか泣いているような気がした。

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