第6話【料理】

 世愛せなの家で共同生活が始まって一週間。

 俺はいま、重大な問題に直面していた。


「料理を作らせてください」


 早朝のリビングでJKに対して深々と土下座する俺。決して何かやらかしたわけではない。


「急にどうしたの? 土下座までして。ご飯ならコンビニとかウーバーでいいでしょ?」

「世愛がよくても俺が限界なんだよ」


 住む家を提供してもらっている分際で何か文句でも? と言われたら返す言葉もなかったが、世愛はおそらくそんなことを口にするタイプでないことを確信し、俺は願い出た。


「家にいてもやることは基本掃除洗濯のみ。それ以外はテレビ見てるかスマホいじってるかくらいしかやることなくて暇なんだよ。それに育ち盛りの女子高生が朝昼晩、毎日三食添加物まみれの食事とか体に悪いだろ」


「風間さん、過保護なお父さんみたい」

「お父さん役(試用期間中)、だけどな」


 本当の娘じゃなくても、世愛の偏った食生活を見ていれば心配するというもの。

 ただでさえ女性の体はデリケートなのだから、今は良くてもいつか必ずツケが回って来るだろう。

 倒れられてしまってはせっかく手に入れた安息の地を失いかけない。


「本当に料理なんてできるの?」

「おう、なめんな。こう見えても専門学校生の時は料理にハマって、ほぼ毎日作ってたもんだ」


 社会人になってからはそんな余裕も無く、自律神経を病んで退職、ヒモになってからも結局そこまでの気力が回復することはなかった。

 だから料理をするのは実質三年ぶりくらいか。


「そこまで言うならいいよ。でも――どうせならゲームをしない?」

「......嫌な予感しかしないんだが」

「まぁ聞いてよ。風間さんが私の納得がいくレベルの料理を作れたら要求をのんであげる」

「ダメだった場合は?」

「どうしようかな......あ、私の下着も風間さんが洗うようにするとか?」


 ニヤニヤと悪戯いたずらっ子のような視線を世愛は向け、罰ゲームを提案する。


「......よしわかった」

「風間さん、そんなに私の下着を洗うのが嫌なんだ。地味にショック」


「だから別にお前の下着が汚れてるから嫌だとか、そんなんじゃないって言ってるだろ? 父親設定だとしても、俺みたいな赤の他人の男に洗われるのは嫌だろうと思ってだな」


「知ってるよ。ちょっとからかってみただけ」


 ――このガキ、こちらが性の対象として見ないように意識していれば調子に乗りやがって......!

 JKじゃなかったら軽くぶん殴ってるところだ。


「で、俺はいったい何を作ればいいんだ?」

「ハンバーグとカレーライス!」

「即答だな」

「だって家庭料理の定番と言ったらこれしかないでしょ」

「他にもいろいろあると思うが」

「私が食べたいからいいの」


 世愛にとってはこの二つが思い出の味なんだろうな。

 ハードルは高そうだが、その分超えた時の信頼度アップは期待できる。やりがいがあるってもんだ。


「わかった。じゃあ今日の夕飯に作るからよろしく頼むな」

「楽しみにしてるよ、風間シェフ」


 俺に目を細め優しく微笑んだ世愛は、相変わらず艶のある綺麗なロングヘアをなびかせながら学校に向かった。

 昨日事前にカウンターキッチン周りを片づけておいて正解だった。

 さて、試験のお題はカレーライスとハンバーグか――ていうかこの家、食材はもちろん、鍋どころかフライパンすらも無いんだよな。

 とりあえず午前中は調理道具を買って来るところか始めるか。

 ふと一人暮らしを始めたばかりの頃を思い出し、自然と苦笑いがこぼれた。


 ***


「......うそ、美味しい」


 その日の夜。

 ご所望の俺特製カレーライスと、その上に乗ったハンバーグを同時に一口食した世愛から驚きの声が漏れた。


「どうだ見たか! この俺の実力を!」

「正直あまり期待してなかったんだけど......風間さん、本当に料理上手だったんだね」


 俺とテーブルを挟んでソファーに座っている世愛は表情のリアクションこそ薄いものの、声音だけで歓心の気持ちが伝わってくる。

 小さい頃の思い出の味だろうから、カレー自体は市販のルーに牛乳・ヨーグルト・ハチミツを隠し味に少々入れ甘口使用にして正解だった。

 ハンバーグの方はというと、食欲増進と冷え性予防にみじん切りにした紅ショウガを、同じく隠し味として仕込んである。

  

「これだけ美味しい物が作れるなら、サラリーマンにならないで料理人にでもなれば良かったのに」

「あのな、料理を作るのが好きなことと、料理人になることとはまた別問題なんだよ」

「そうなの?」

「ああ、子供のお前にはまだわからないだろうが、仕事ってのはそういうもんだ」


 社会人を三年やって潰れた身だが、趣味の延長で仕事をしている人間は本当に凄いの一言に尽きる。 

 生きがいを嫌いになる危険性を持ったままこなすなんて、俺には到底マネできない。


「でも私は好きだけどな、風間さんの作る料理。なんていうか――風間さんの味がする」

「プッ! ...なんだそりゃ。おっさん臭い味だとでも言いたいのか」


 想像の斜め上を行く言葉に、もう少しで雇い主にカレーを吹きかけるところだった。


「違うよ。上手く言えないんだけど、食べると胸の辺りがポカポカするような――あとほっぺたが落ちそうな感じ?」


 頭の上に疑問符を浮かべながら世愛は小首を傾げる。


「お前、食レポ下手だな」

「審査員にそんなこと言っていいのかな?」

「スマン、いま言ったことは訂正させてくれ。素人ながらも頑張ってコメントしようとする姿がとても素敵で――」

「ふふ、大丈夫だよ。実は最初から審査なんかするつもりは無かったから」

「......どういう意味だ?」


「鈍い。ナマケモノの動きくらい鈍いすぎだね風間さん。要するに料理の腕関係無しに、風間さんが言い出した時点で最初からお願いするところだったってこと」


 ホームラン予告みたいにスプーンを人に向けるんじゃない。

 

「なるほど、俺はまんまと世愛の遊びに付き合わされたわけか」

「まぁまぁ。いいストレス発散になったでしょ?」


 気付けば皿いっぱいに盛られた世愛のカレーは、米粒一粒も残さず綺麗に完食されていた。

 そんな美味そうに食べられたら言い返せないだろうが。

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