第29話【魔手】

 車に乗せられて一時間。

 私が男の人に連れて来られた場所は、駅から郊外にある古いアパート。


「見た目はお姫様を招くにはちょ~っと相応ふさわしくないところかもしれないけど、我慢してね」


 男の人は階段を昇りながら先導した。

 一歩踏み出す度にギシギシと嫌な音を立て、過敏になっている私の神経を逆撫でする。


「平田さんすんませ~ん。いま戻りました~」


 三部屋しかない二階の奥の角部屋。

 ドアを開けた先にいたのは、見覚えのある、浅黒い肌と爬虫類のようなギョロっとした目つきの男性。

 記憶の中の人物と一致した。 


「――遅いよキミ。私をこんな汚くて狭い部屋に放置するなんて」


「いや~渋滞に巻き込まれちゃいまして。場所に関して大目に見てくださいっス。我が家なら遅い時間にでもならない限り大丈夫なんで」


 どうやら私が連れて来られた場所は、この若い男の人の部屋らしい。

 入るとお世辞にも綺麗とは言えない散らかり具合。

 布団一式やお酒の空き瓶なんかが床の隅に雑に寄せられ、慌ててスペースを空けたことが窺える。


「やっと会えたね。世愛せなちゃん」

「.........お久しぶりです」


 部屋の照明の元、こけた頬がより一層はっきりと浮き出て見えて気色が悪い。


「酷いじゃないか。私をブロックするなんて。おかげでキミと会うのにこんな手間がかかってしまったよ」


 平田さんは私に近づき、 


「お金ならいくらでもあげるから、また頼むよ」


 そう告げて、ポケットから取り出した封筒を私の前に差し出した。


「......ごめんなさい。そういうのは、もうやらないことに決めたんです」

「......どういうことだい?」


 平田さんの顔色が苦い表情ものへと変わった。


「おや~? もしかして世愛ちゃん、風間に惚れちゃった~?」

「誰だそいつ?」

「世愛ちゃんの家に転がり込んでいる男っスよ」

「ああ、キミに彼女を寝取られて家を出て行ったという、あの情けない男の話か」


 目を合わせられず俯いた私の前で、彼らは風間さんの悪口を語り始めた。

 

「あいつだけはやめときな。あいつ、前の仕事でとんでもないミスを犯したとかで、一時は精神病んで廃人寸前までいってたらしいから。奏緒かなおも大変だっただろうよ」


 ――風間さんの過去にそんなことが――


「キミも随分残酷な仕打ちをしたね。仮にも学生時代からの友達だったんだろうに」

「俺、ずっと前からちゃんと宣言してましたもん。『いつでも奏緒のこと狙ってるぞ?』って。あいつが俺と奏緒が繋がってる姿を見た時の顔......マジ爆笑ッスよ!」


 品のない、おぞましく汚い笑い声。

 怖さが支配していた感情が、徐々に怒りへと反転していく。

 風間さんをバカにして笑いものにする彼らが、どうしようもなく許せない。

 自然と歯を食いしばり、握った拳は怒りで震えている。


「......風間さんをバカにしないでください」


 絞り出すように、私は彼らに声を上げた。


「あの人は、私の身体からだじゃなくて心を見てくれた。貴方たちみたいな汚い大人とは違います」


 一瞬彼らは驚いた様子を見せたが、揃って大きなため息をしたかと思えば、


「――やれやれ。あまり手荒なマネはしたくなかったんだが――仕方がないよね」


 澄ました表情で平田さんは、部屋の中心から玄関寄りの位置に三脚を立て始めた。

 高さを固定し、頂上にビデオカメラを設置する。

 

「......何をしてるんですか?」


 答えは訊くまでもなくわかっているのに、不安と恐怖からつい口走ってしまう。


「二度と世愛ちゃんが逆らえないよう、僕たちが愛し合っているところを録画しようと思ってね」

「平田さん、良かったら俺も混ぜてくれません?」

「3人か......それは面白そうだね。実は前から興味があったんだよ」

「俺も奏緒じゃ全然物足りなくて。JKと合法的にやれるなんて滅多にないッスからね」


 家主と入れ替わるように平田さんはスーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら私に抱き着いてきた。


「いや! やめてください!!」


 後ろからコートを無理矢理剥がし、私の両胸を制服の上から強引に掴む。

 身体は細いのに意外と力があって振り払えない。

 男女の体格差を見せつけられる。

 いつまでも抵抗を続ける私に痺れを切らしたのか、平田さんは私の頬に平手打ちをみまった。

 その勢いで身体が床の上を軽く滑る。


「うるさい! おとなしくしろ! 風間っていう奴が警察に捕まってもいいのか!」


「そうだよ世愛ちゃん。ここは素直に俺たちと楽しもうぜ。あいつが警察に捕まったら、今度こそ完全に潰れるちゃうよん?」


 彼らの問いかけにハッとした。


 ――私が言うことを聞かなければ、風間さんに迷惑がかかってしまう。


 ――私のせいで風間さんの心が壊れてしまう――みたいに――。


 頭の中に風間さんとの生活の日々が走馬灯のように再生される。


 ――大切な人を守りたい――


 私が取るべき行動は、ひとつしかなかった――。


「......していいから」

「あ?」

「私の身体......好きにしていいから......!」


 いろんな感情のうずが爆発し、涙は溢れ出て床を濡らす。

 突然泣き出し懇願する私を、獲物を狙うようないやらしい視線で平田さんは見下ろした。

 ニヤリと口角を上げ、馬乗りの体勢でゆっくりのしかかる。

 そして私の制服の胸元をはだけさせようと手を伸ばした――その瞬間とき


「――世愛!!」


 玄関のドアが勢いよく開くと同時に、聞きなれた人の声が耳に届いた。

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