第28話【追跡】
「......は? 連れて行かれたってどう意味だよ!?」
喫茶店の会計を
『だから言葉の意味の通りだってば! 私がお店に向かおうとしたら途中で見かけて、声を掛けようにも男の人とヤバそうな雰囲気でさ! あとで訊いてみればいいやって思ったら、そのあと
かなり焦った様子のかすみはなんとか俺に状況を説明してくれた。
念のため相手の男の特徴や服装について訊いてみたが、グレーのニット帽に黒のダウンジャケット――やはり
いつか世愛に接触してくるのではないかと警戒はしていたが――まさかこんな早いタイミングで行動を起こされるとは!
「事情はわかった。知らせてくれてありがとな」
『世愛ちゃん、大丈夫だよね?』
不安気な
「......心配すんな。相手の男の検討はだいたいついてる。なるべく穏便に済ませたいから、このことは他言無用で頼む」
大丈夫かなんて無責任なことは言えない。
もしかしたら今頃、世愛は汚れた大人たちの世話をさせられているかもしれない。
だとしても俺は、スマホの前で本気で心配しているかすみを少しでも安心させたかった。
『――わかったよ。店長には二人揃って風邪引いたって伝えておくから』
「悪いな。世愛を連れ戻したらまた連絡するわ」
こんな状況下でも事情の説明を求めないかすみの優しさがありがたかった。
「何があったの?」
スマホの通話を切ったと同時に、支払いを終えた奏緒が背後からやってきた。
「――瞬のヤツが、世愛を拉致しやがった」
「......あのバカ......遂に落ちるとこまで落ちたわね」
怒りすら通り越した呆れの表情で、奏緒は手をおでこに当てながら深めに嘆息した。
強引にでも一度は身体を許してしまった男が、盛大に人の道を踏み外してしまったのだ。心境は複雑だろう。
「あんた、言われた通り世愛ちゃんにはお願いしてあるんでしょうね?」
「もちろんだ」
世愛を瞬に拉致されても、俺たちがある程度冷静で保てるのには理由があった。
俺のスマホと世愛のスマホには、GPSでお互いの位置情報方を共有できるアプリを入れてある。
探偵業が仕事の奏緒からの防犯アドバイスだった。
これなら今のような最悪なケースが起こっても、相手に気づかれない限り追跡が可能となる。
「いまクルマ回すから、ちょっと待ってなさい」
俺にそう告げた奏緒は、軽快な身のこなしで近くのコインパーキングに停めてあるという車を取りに向かった。
***
「まいったわね......」
ハンドルを握っている奏緒が険しい表情で
帰宅ラッシュの渋滞にハマってしまい、かれこれ10分以上動かないままでいる。
現在地から世愛のスマホのGPS反応がある位置までは、距離にして約2キロ。
目的地もわからず、相手は車で移動しているとなると、見つけるのはかなり困難。
俺たちがとった作戦は、国道を利用してできるだけ相手との距離を縮める戦法。
帰宅ラッシュが本格化する前の今だったら、まだ流れはスムーズなはず――と思ったのが失敗の始まり。流れたのは最初だけ。
「..............」
何もできないこのもどかしい状況が苦しくて、両脚を小刻みに揺らさずにいられない。
「少しは落ち着きなさい。移動してるってことは、おそらく世愛ちゃんはまだ大事には至っていないはずよ」
「んなことはわかってる」
世愛のスマホも僅かに動いては止まってを繰り返すことから、向こうも同じように渋滞にハマっていると推測できる。
だとしても、こうしてる間にも世愛の隣にはあの瞬がいる。
時間と共に冷静さが失われ、徐々に焦りの色がにじみ出てしまう。
「奏緒こそ、この状態でよく落ち着いていられるな」
「あんたとはくぐってきた修羅場の数が違うからね。探偵の精神力なめんな」
「......お前、カッコイイな」
「何それ。いまさら私の魅力に気付いたって遅いわよ」
鼻を鳴らして奏緒は笑みを浮かべる。
「――ねぇ、今年のクリスマスの予定はもう決まってるの?」
「それいま訊くことか?」
「いいから答えなさい」
視線は前を向いたまま、語気を強めて問う。
暗い車内を謎の息苦しさが支配している。
「世愛とバイト先の子を家に呼んで、クリスマスパーティーする予定だ」
「未成年たちとの
「俺をその辺の変態野郎を見るような目でなめまわすな。至って健全な
それに淫行パーティーするような人間だったら、俺はとっくに世愛に手を出していたと反論しかけ、慌てて言葉を飲み込んだ。
未遂の人間が言っては説得力に欠ける。
「奏緒も参加するか?」
「やめとく。私、世愛ちゃんに相当嫌われているみたいだから」
「そりゃあ、二人共最初はいろいろあったけどさ。アイツ、俺とお前が今でもこうして会うことに反対してるわけでもないから、ワンチャンイケるんじゃないか?」
「......この鈍感」
奏緒が何か呟いたような気がしたが、横をすり抜けて行ったバイクの音でかき消されてしまう。
「だとしても遠慮しておく。どうせクリスマスも仕事で忙しいだろうし」
「そうか」
あまり無理に誘うのも悪いので、話しはここで終わりとなった。
「.........ん? もしかして瞬が向かっている場所って......」
ナビの横に固定されたスマホを見ていた奏緒は、何かに気付いたらしく、
「朗報よ。うまくいけば一気に距離を縮められるかも」
奏緒の目の色が明るくなり、ニヤリと不敵な笑顔を浮かべた。
こういう時の彼女の感は大体当たる。
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