第27話【脅迫】
放課後。
ホームルームが終わったばかりの教室内は、期末テストの結果が発表された解放感からか雰囲気が明るい。
周囲から聴こえてくる会話の内容のほとんどは、冬休みの予定に関することばかり。
「三上さんお疲れー」
「期末テストの順位、拝見しました。また学年三位なんて凄いです」
帰ろうと通学用リュックの中に教科書を詰める私に、クラスメイトの女子二人がやってきた。
名前は
どういうわけか、この二人はクラスで孤立しがちな私によく話掛けてくる。
他のみんなはできるだけ私と距離を置こうとするというのに。
「新見さん、立花さん、お疲れ様。二人はどうだった?」
社交辞令も兼ねて言葉少なに返す。
「私は一学期の時と比べて順位が少々上がりました」
小学生みたいな背の小ささとおかっぱ頭が特徴的な立花さんは、眦(めじり)に
そんな彼女は見た目の愛くるしさもあって、クラスではマスコットのような存在。
「こっちは結構ヤバかったよ。危うく補習受けるとこだったし」
腕組して私の前の席に腰を降ろした新見さんは、快活ではっきりと物事を言うタイプ。
かすみと似た部分が多いけど、イメージとしてあっちはギャルだが新見さんは頼れるお姉さん。同級生に言うのも変な話だ。
事実、立花さんと一緒にいると姉妹に見える。
「
「言ったなアッキー......おりゃっ!」
「ふぁぁぁぁぁぁ!? 何するんですか!?」
椅子に座ったまま新見さんは勢いよく立花さんのスカートをめくりあげた。
教室内に立花さんの悲鳴が響くも、他のクラスメイト達からは慣れた視線が集まる。
ここが女子高であることが立花さんにとってせめてもの救いだ。
「今日は白地に水玉......てことは夕方から雨が降るかも」
「人の下着の色でお天気占いをしないでください!」
新見さんの予報に周囲から笑い声が聴こえる。
私もつい我慢できずに漏れてしまう。
この二人のやり取りを見ているのは嫌いではない。
一方的に二人が私に話しかけてきて、気付けばいつの間にか目の前で漫才が始まっている。
――私にも妹がいたら、新見さんみたいな陽の性格になっていたのだろうか?
「三上さん、最近なんか変わったよね」
私の顔を下から覗き込みながら、新見さんが呟いた。
「よく笑うようになったというか......感情表現が豊かになった気がする。ひょっとして彼氏でもできた?」
「彼氏はできてないけど、大切な人はできたかな」
「え? 本当ですか!? その話、是非詳しくお聞かせください!!」
さっきまで顔を真っ赤にして怒っていたと思えば、今度は立花さんまで瞳を輝かせて私の顔を覗いてくる。
しまった。私としたことが完全に余計な一言を。
「ごめんなさい。ちょっとこれから用事があるから。この話はまた今度ね」
私は話の腰を折るように自分の席から立ち上がり、通学用リュックを肩に掛けた。
「残念です」
「まぁまぁアッキー、そう落ち込まない。私の恋バナだったらいくらでも聞かせてあげるからさ」
「お構いなく。私は百合に一切興味はありませんので」
「ほう......」
「だから! いちいちスカートをめくらないでって言ってるのに~!」
バイトがなければもう少しだけ見守っていたい気分だったが、このままでは遅刻する可能性が出てきてしまう。
再び姉妹漫才を始める二人を横目に、私は笑い声に包まれる教室をあとにして下駄箱へと向かった。
――新見さんの言う通り、私が以前より笑うようになったとするなら、それはおそらく彼の存在が大きいと思う。
彼と一緒にいると、どんなことも楽しい。
そういえば風間さん、今日は急に
風間さんにも言ったけど、私は別れた今でも元カノの奏緒さんと会うことは別にかまわない。
あの二人には、二人の歴史がある。
恋人関係が終わっても、そこで全ての繋がりがリセットされるわけではないこともわかっている。
......だけど、頭で理解はしているつもりでも、身体は正直だ。
今頃二人が会っていると想像しただけで、なんだか胸が苦しい。
案外、私は嫉妬深い人間なのかもしれないな。
彼の前ではいい子ちゃんでいたい。
これでは彼を父親として雇った意味が――昔と何ら変わらないじゃないか――。
校舎中に響き渡る吹奏楽部の演奏音と茜色に染まり始めた空が哀愁を誘い、惨めな想いにじわじわと侵食されていく。
***
「
バイト先の従業員口のドアを開けようとした私に、見知らぬ若い男の人が声をかけてきた。
金髪に口の下にピアスをしたガラの悪そうな、いかにも遊んでる人間の雰囲気。
私の苦手なタイプだ。
同じ職場の人ではないのは直感で判断できた。
「......どちら様でしょうか?」
「そんな露骨に警戒しないでよ。お兄さんは平田さんに頼まれて来たんだから」
平田――その名前に聞き覚えがあった。
私のパパ活相手だった一人で、風間さんと出会う直前まで相手をしていた人物。
浅黒い肌の、爬虫類みたいな目つきをした、痩せ型の中年男性だったと記憶している。
「平田さん、世愛ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかって凄く心配しててね。んで、あの人の代わりに俺が世愛ちゃんの元へやって来たってわけ」
男の人はヘラヘラとした表情で事情を説明する。
「......すいません、ちょっと場所変えてもいいですか?」
平田さんの関係者となると、誰かに聞かれると厄介なことになりかねない。
私は顔を左に動かして相手を
「代理の人が、私になにか御用で?」
「短刀直入に言わせてもらうと、キミをこれから平田さんの元へ連れて行く」
予想の範囲内の内容だった。
いつまでも連絡の取れない私に、痺れを切らした平田さんが知人でも使って私を無理矢理連行しようと計画したのだろう。
だけど生憎外は冬とはいえ、まだ陽が完全に落ちるまで時間がある。
最悪、人通りも少なくないこの場所で叫び声を上げて、この人をひるませよう。
「すいませんけど私、これからバイトがあるので――」
そう言葉を残して俯いたままその場から離れようとした私を、
「いいのかなー? 同居人が酷い目にあっちゃっても」
男の人は道を塞ぐように私の前に立ちふさがった。
「ごめんねー。この数日間、世愛ちゃんのこといろいろ調べさせてもらったんだわ。あんな彼女を目の前で寝取られた男と一緒に暮らすなんて、世愛ちゃんも物好きだねー」
――私と風間さんが同居していることがバレてる!? いつから!?
動揺しているのを悟られないよう努める私を、男の人はいやらしい表情で見つめる。
「......貴方には関係ないことです」
平坦に言ったつもりが、絞り出した声音には確かな震えが混ざっている。
「口の聞き方には気を付けた方がいいと思うよ。いくら同意の上でも、一人暮らしの女子高生の家に、20代後半の男が同居するのはさすがに法律的にマズイでしょ?」
「脅しですか」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。これは立派な交渉。ネゴシエーションってやつ」
睨む私を男の人は
「断った場合、同居人はどうなるかなー? 世愛ちゃんのせいでアイツが警察に捕まっちゃってもいいっていうなら、無理強いはしないけど?」
薄笑いを浮かべたまま、私に選択権を
ここで拒否することは簡単だ。
でもそれでは、この人と平田さんに私たちが同居をしていることを世間にバラされてしまう。
風間さんに迷惑をかけないために取る行動はただ一つ......。
「――私が平田さんに会いに行けば、風間さんには何もしないと約束してください」
「OK! するするー! いやー、話しのわかる子でお兄さん嬉しいよー!」
私のパーソナルスペースを無視して、男の人は私の肩を強引に抱き寄せた。
口から漂うタバコの強い臭いが鼻につき、思わず顔を歪めてしまった。
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