第26話【不穏】
「悪いわね。夕方からバイトがあるのに呼び出しちゃって」
翌日の午後――。
前回、
店内に入ると奏緒がこちらに向けて手を振り居場所を教えてくれた。
「こっちこそ、仕事中に申し訳ない」
席に着くとほぼ同時にウェイターがやってきたので、俺はホットコーヒーを注文。
飲み物が運ばれてくるまでの僅かな時間、軽く雑談をして過ごす。
「......で、本当なの?
「ああ。昨日の夜、あいつ本人の口から直接聞いた」
ホットコーヒーを一口飲んでいる俺に、奏緒が前のめりに訊ねてきたので頷く。
「だとすると、やっぱりコイツが瞬の依頼人である可能性が高いわね」
テーブルの上に置かれた封筒の中から2枚の写真を取り出し、俺に手渡した。
そこに映っていたのは、肌の浅黒い、メガネをかけた天然パーマの中年男性。
細身――といえば聞こえはいい。だがそれにしては肉付きが足りない。
スーツの下からでも細さが伝わってくる。
目つきの悪さも手伝って、とても健康そうな人間には見えない。
「名前は
この見た目で40代前半とは......もともと老け顔なのか、または仕事の激務によるものなのかはどうでもいいとして。
「大学を卒業後、現在の会社に就職。同期たちより遅れて今年に入りようやく課長に昇進。社内評判は特に良くもなく悪くもない。至って極普通の平凡なサラリーマン。40過ぎて未婚なだけあって、そこそこお金は貯めこんでいるみたい」
奏緒の説明に、ただ黙って相づちを打って反応する。
「数年前に行きつけの風俗店でトラブルを起こし、出禁を言い渡されたみたい。その後も
行く先々のお店での評判もあまり良くないわね。だからパパ活なんて行為を始めたんでしょうけど」
手元に用意した書類を淡々と読み上げながら、奏緒は一般人の俺に教えられる最低限の情報を提供してくれた。
「......すげぇな。たった三日間でそこまで調べ上げたのか」
「この手の依頼はスピードが勝負なの」
「今度、正式に依頼料払わせてくれ」
「いいわよ別に。私が好きで動いているだけだから」
書類を持った方の手を左右に動かし、苦笑を浮かべて明確な拒否の意思を示した。
知り合いだとしても、プロの探偵の力を借りたんだ。
なんらかの形で絶対に恩は返させてもらおう。
「――にしても、世愛ちゃんがパパ活、か」
書類をテーブルの上にそっと置き、奏緒は視線を自身が飲んでいるホットコーヒーへ向ける。
「なんだよ」
「いえね、あんな純粋そうな子が、なんでいい歳した大人の男を相手にしてたのかな? って疑問に思ってね」
俺だって同意見だ。
一緒に生活すればするほど、なぜ世愛がパパ活というバカげた行為を犯してきたのか、疑問ばかりが大きくなる。
気のせいかもしれないが、あいつは俺がバイトをすることに恐怖を感じていたことを知っていたと思う。
一緒にやろうと声をかけられた時、内心はどこかホっとした自分がいた。
あいつはいいヤツなんだよ――。
「今はもうやってないんでしょ?」
「やってない......と信じたい」
「はぁ? なに、その締まりのない返し」
呆れた表情で奏緒は肩を落とした。
「あんたの目にはこの三ヶ月間、世愛ちゃんがお金や快楽のためにパパ活をやっていた
「違う」
「だったら信じてあげなさい。それが父親として
気持ちを言葉に乗せて、奏緒の真っすぐな視線が俺に突き刺さる。
「......だな。世愛はもうパパ活は一切していない」
「少しは父親らしい顔になったじゃない」
彼女の言う通りだ。
俺は――俺が今まで見てきた世愛を信じる。
誰よりも子供のことを信じてやるのが親としての責務。
まさか元カノから親の
「あとはどういった経緯でコイツが瞬に繋がったのか謎だけど、ロクでもないことだけは確かね」
「瞬も奏緒と同じで、どこかの探偵会社に就職した可能性は?」
「万に一つもないわね。あんな女グセが悪くてだらしない男、私だったら試験を受ける前の面接で落とすわよ」
重く憎しみのこもった言葉に思わず顔が引きつってしまう。
ひと通り情報交換を終え、そろそろお店を出ようと立ち上がろうとした――その時だった。
俺のスマホに一本の電話が入る。
相手はかすみ。
メッセージアプリではなく直電というのが妙に気になった。
奏緒に無言で頭を下げ、口元を手で覆った状態でスマホの通話表示をタッチした。
『風間さん!? 今どこ!?』
ノイズ交じりにかすみの声が聴こえる。
しかも珍しく俺のことを氏ではなくさん付け。
「いま? 外にいるが......どうした?」
他の客に迷惑にならないよう小さく呟く俺に、かすみは焦った
『――世愛ちゃんが――知らない男の人に無理矢理連れて行かれちゃった!!』
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