第25話【邂逅】
閑静な住宅街。
街灯こそあるが、女性が夜遅い時間に通るには少し心細いとも言える。
俺の目の前には誰もいない。
......いや、正確には、今は隠れていると言った方が正しい。
電柱の陰から黒いダウンジャケットがはみ出し見えている。
警戒しながら慎重かつゆっくり電柱に近づき――尾行犯の顔を覗いた。
「――
「よお兄弟。三ヶ月ぶりってところか」
昨日、店の駐車場に止まっていた不審車両の運転手と同じ、グレーのニット帽を被った男。
苦笑いを浮かべるこの男こそが、昨日の不審者に間違いはなかったが――同時にそいつは、俺から
「......
突然の意外な人物との再会に俺の頭は酷く混乱したが、すぐに頭を切り替え問いただす。
「へぇー。良くわかったじゃん」
「お前が理由もなく男を付け回すわけがないからな」
この男は何かと専門学校時代から女性絡みでトラブルを起こし、その度に俺たちの所属するサークルにまで迷惑をかけていた、筋金入りのチャラ男。
電柱と壁の間に寄っかかっていた身体を起こし、瞬は不敵な笑みに表情を変えた。
「俺さ、今ある人に依頼されて世愛ちゃんのこと調べてんのよ」
「ある人?」
ある人とは、おそらく奏緒の探偵事務所にやってきた人物のことだろう。
だったら昨日の件も納得がいく。
「その人、世愛ちゃんの昔のパパ活相手みたいでさ。急に突然連絡が取れなくなったから調べてほしいって言うんで、こうして尾行してたってわけ。でもまさか、世愛ちゃんの今のパパ活相手がお前だったなんて......奏緒のことはもう吹っ切れたみたいで安心したよ」
「......何のことだ?」
「とぼけなくてもいいから。世愛ちゃんのマンションに一緒に住んでるんだろ? だったら毎日あの子とやりたい放題してるに決まってんじゃん。JKとなんて羨ましいねぇ」
「お前と一緒にするな。それに俺はあいつのパパ活相手でじゃない。単なる同居人だ」
こいつは俺と世愛の本当の関係をおそらく知らない。
敢えて話してやるつもりもないが。
「はいはい。言い訳はいいから。そんなんだから俺に奏緒を寝取られるんだぜ」
憎たらしい目をした瞬の挑発に、思わず両方の拳に力が入る。
ここで騒ぎを起こしては明らかに俺の方が不利だ。
握った
おかげで辛うじて理性を保てていた。
「おいおい......さっきから元カノを寝取った相手に対して、随分とおとなしい反応だな」
「勘違いするな。奏緒に無理矢理したのは今でも許せないと思ってる。だけど、お前を拒否することができないほどの迷いを、俺は奏緖に抱かせてしまった。だから殴らないだけだ」
――あの時、俺の病気のこともあって、奏緒との仲は完全に冷え切っていた。
二人が行為に及んでいる姿を目撃した俺に真っ先にやってきた感情は、怒りよりも自身への情けなさ。悲しくも、俺はそこで彼女との恋が終わったことを知覚してしまった。
「へぇー。なんかビビッて損しちゃった」
瞬はゲスな笑みを浮かべ、
「そういうわけだから、お前の方から世愛ちゃん説得してくれない? あの子、クライアントの番号とアドレスをブロックしてるみたいで連絡できないんだよ」
「断る。世愛にはもうパパ活はさせない」
「誰もお前の意見なんて聞いてないんだけど?」
「奇遇だな。俺もお前に指図される覚えはないんだが」
「頼むよー。同じ穴を利用した兄弟だろ?」
「今度その言い方をしてみろ。二度と口がきけないようにしてやろうか?」
俺と瞬の間でピリピリとした緊張感が漂う。
お互い視線を逸らさず、睨み合いが続く――。
「あーあー。お前といくら話しても無駄っぽいし、今日はもう帰るわ」
最初に
両手を広げお手上げといった感じにアピールし、俺に背を向け来た道を戻ろうときびすを返す。
「二度と世愛に近づこうとするな」
「恋人かよ。うっざ」
顔を歪ませ捨てゼリフを吐いたかと思えば、何か面白いことでも思いついたような嫌味ったらしい表情で、
「帰る前にいいこと教えてやるよ。お前が思っている以上にあの子の身体――汚れまくってるぜ?」
「黙れ!!」
「おーこわっ。じゃあな」
世愛を中傷する言葉を吐き捨て、瞬は小走りで夜の住宅街に消えていった。
横の一軒家の住人が何事かと驚いた様子で、二階の窓からこちらを覗いている。
目が合うと、気まずそうに慌ててカーテンを閉めた。
「あの野郎......いったい何なんだ!」
緊張が解けた反動で呼吸が荒くなり、白い息が顔の周辺にまとわりつく。
あんな奴とこれまで友達をやっていたかと思うと
――あいつは奏緒だけでなく、今度は世愛にまでちょっかいを出してきた――。
例え誰かに依頼されたことであっても許せない。
不安と怒りが交差する
世愛の元パパ活相手に瞬が関わっているという事実に、俺の心のざわつきはさらに激しさを増した。
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