第24話【接近】
「あれ~? 風間氏どったの? 今日休みじゃなかったっけ?」
夜8時過ぎ。
「偶然この近くに用があってな。そろそろお前たちが終わって出て来る頃だろうと思って、寄ってみたんだよ」
というのは建前で、昨日の今日で世愛を一人で帰らせるのは抵抗があったため、こうして迎えに来たというわけだ。
店から家までは大した距離ではないにしても、暗い夜道に乗じて昨日の不審者が何かを仕掛けて来る可能性は充分ある。
警戒しておいて損はない。
「そうなんだ。風間さんがこの時間に出歩くなんて珍しいね」
「まぁな。あ、夕飯なら心配しなくてもできてるぞ。今夜はビーフシチューだ」
「12月に入ってから汁物増えたね」
「文句言うな。冬といえばシチューは外せないだろう」
「文句じゃないよ。私は風間さんの作る料理、なんでも好きだよ」
「やれやれ、相変わらず生活感のある
俺たちのやり取りにかすみは呆れた表情で
「さて、私もお腹が空いてきたことだし、そろそろ帰りますか」
「お疲れ様、かすみ」
「また明日な」
「ほいじゃ~ね~」
かすみは背を向けた状態で軽く手を振りながら、俺たちとは反対方向の道へと帰って行った。
「......」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとガキの頃を思い出してな」
二人揃っての帰宅途中。
歩き始めてほどなくしたところで、ふと昔を思い出して笑みがこぼれた。
「俺がガキの頃、母親が近所のクリーニング屋で働いててさ。学校が終わったらよくその足で店に向かってたなって」
「へー。風間さんはお母さん子だったんだ」
「おいコラ、人をマザコン認定したような顔をするな。もちろん、小学校低学年までだぞ?」
ニヤニヤと何か言いたげな視線を世愛は俺に向ける。
「終わる時間が夕方4時。今でも覚えてる。んで、そのままスーパーで買い物して帰るのがルーティンだったから、お菓子を買ってもらいたくて勝手に迎えに行ってただけなんだけどな」
「だとしても、お母さんは喜んでたんじゃない?」
「さぁな。昔のことすぎてそこまではさすがに」
確認しようにも、本人は遠くに行っちまったからな......。
見上げた冬の夜空に、
「私は偶然でも、風間さんが迎えに来てくれて嬉しかったよ」
「......おう」
どう反応していいか言葉に詰まり、出てきた言葉はなんとも情けない返事になってしまった。
鼻の頭をポリポリと掻きながら、つい世愛から顔を背けてしまう。
「でも毎回は気持ち悪いからやめてね」
「お前なぁ」
「なんて、冗談だよ」
膝を落として反論する俺に、世愛はクスリと笑って正面を向き直った。
それから少し間をおいてから、
「――この前は言わなかったけど、実を言うと私、誰かからあんな風に誕生日をお祝いしてもらったの、生まれて初めてだったんだ」
そう俺に告白した。
「だからクリスマスパーティーなんかもしたことなくて。変わってるでしょ?」
俺はただ、黙って世愛の話しを聞き
友達からはなくても、せめて親や身内くらいからは誰しも祝ってもらった経験があると思い込んでいた。
三ヶ月近く一緒に生活してきてわかったことだが、世愛の家庭はかなりのワケアリらしいという事実。
「風間さんが私のパパになってくれてから、普通の人が当たり前のように体験してきたことをいっぱい体験できてさ......感謝してるよ」
ふわりとした笑顔を向け、嘘偽りのない
感謝したいのはこっちの方だ。
あの日、世愛に父親契約の話しを持ち掛けられなければ、今頃その辺でホームレスとして生活していてもおかしくはない。
多少なりともこいつにとって父親――家族としての役目を果たすことができていたみたいで良かった。
「......そうか。じゃあ尚更、今年のクリスマスは盛大かつ派手にやらないといけない
な」
「大丈夫。かすみがいる時点で騒がしくなるのは目に見えてるから」
「確かにな」
俺たちの笑い声が冷えた冬の夜道に響く。
これまで世愛がどういった生活環境で育ってきたのか――あまり想像したくはない。
本人が話すつもりがなければ、敢えてこちらから訊く気もない。
雇われ者と雇い主という偽りの家族関係だとしても、最後まで俺はこいつの父親を演じるつもりだ......。
――だが、現実はそんなささやかな願いに暗い影を落とそうと暗躍する。
家まで300メートルほどの距離まで帰ってきたところ。
俺たちのあとを何者かがつけていることに気が付いた。
..........7・8メートル後方くらいだろうか。
店を出た辺りからだと思う。
一定の間隔を空けて忍んでいるつもりだろうが、俺には通じない。
俺は自律神経を病んだ影響で聴覚過敏になったこともあり、未だに物音に対してセンサーが敏感に働いている。
ここまで同じ足音があとをついてくるとすれば、答えはかなり限定される。
「......あー、悪い世愛。ちょっとコンビニに買い忘れたもんあるから、先部屋に戻っててくれ」
世愛に尾行されている旨を伝えるわけにもいかないので、俺はさり気なく先に帰るよう口にした。
「夕飯に必要なもの? だったら私も付き合うよ」
「いや、すぐ帰るからお前は夕飯の準備を頼む。あとはビーフシチューの鍋を温めるだけだから。頼めるか?」
「......うん。わかった。なるべく早く帰ってきてよね」
緊張で心拍数が上がってきているのを悟られないよう平静を装い、世愛が自宅の方向へと真っすぐ向かうのを立ち止まって見送った。
路地を曲がって世愛の背中が見えなくなったのを確認し、俺は気持ちを一旦落ち着かせるよう目を
――そして、尾行者の正体を掴むべく、後ろを振り返った――。
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