第23話【恋慕】
「......んぅ」
浴室暖房が付いたお風呂場。
シャワーから浴びせられた温水で身体が驚いて、思わず声が漏れてしまう。
風間さんに『身体冷えただろ? 夕飯の準備している間に温まってこいよ』と言われ、お言葉に甘えて先にお風呂をいただいている。
人間の急所と言われる箇所を重点的に温めつつ、全身にも満遍(まんべん)なく掛け湯していく。
私は冬が嫌いだ。
寒さは人を寂しい気持ちにさせる。
常に温もりを感じていたい。
私は臆病なのだ。
臆病だからこそ、誰かとの繋がりを求めた結果、いろんな男の人と関係を結んでしまった経験がある。
――あの日もそうだ。
抱かれても満たされない気持ちを、一人公園で
偶然風間さんが現れなければ、今頃も私はまだパパ活を続けていたかもしれない。
――風間さんは、私がこれまで出会ってきた大人の男の人とは全く違っていた。
最初こそ、私を押し倒して抱こうとしたけど......何故か本番に入る前にやめてしまった。
しかも自分を警察に突き出せだなんて言い出して。
明確な拒絶をされたにもかかわらず、私の心には不思議な温かさが宿った。
――彼のことをもっと知りたい――
――彼なら、私を寂しさから救ってくれる――
今さらだけど、引き留めるためとはいえ、随分と大胆な提案をしたと我ながら思う。
引き受ける風間さんも凄いけど。
帰る場所を失い、所持金も尽きた彼にとって、私は人生のピンチに舞い降りた幸運の女神にでも見えたのだろうか?
シャンプーで頭を洗いながら、ふとそんなことを思っていた。
「......はぁ〜」
全身を洗い終え、湯舟にゆっくりと肩まで身体を沈める。
段々と血の巡りが良くなっていくのをなんとなく肌で感じる。
風間さんが家にやって来る前まで、家での入浴はシャワーだけで済ませるのがほとんど。
湯舟にお湯を張ったことなんて数えるほどくらい。
ちなみに自慢ではないが、お風呂掃除も一度もやったことはない。
「......風間さん、毎日掃除しててえらいな」
あれだけ
彼が毎日掃除してくれるおかけで、今では引っ越してきたばかりの時のような綺麗さを取り戻している。
お風呂場だけじゃない。
家の中すべて、彼のおかげで清潔さが保たれている。
彼が家にやってきて、私の生活はがらりと変わった。
毎朝ご飯をしっかり食べるようになり、身体の調子も以前より良くなった気がする。
コンビニやデリバリーも悪くはない。
悪くはないんだけど......風間さんが作るご飯の前では霞んで見えてしまう。
特別豪華な物を作っているわけではないのに、食べると幸せな気持ちになれる。
一人で食べる時よりも風間さんが一緒だと尚更美味しく感じるのでなんとも不思議だ。
――変わったといえば、バイトだって始めた。
風間さんの様子がおかしかったので付き添いの意味も兼ねて一緒に始めたけど、今のところ何事もなく無事に続けることができている。
学校との両立は正直大変だ。
でも、初めてのバイトは毎回いろんな発見があって楽しい。
もちろん、お金をもらって仕事をしているので時には嫌なことだってあるけど、風間さんやかすみがいるおかげでそこまで苦に感じない。
そういえば今度家にかすみを呼んでクリスマスパーティーをすることになったんだけど、私やったことないから結構楽しみだったりする。
家族以外からまともに誕生日を祝ってもらったのも初めてだったし、今年は初体験だらけの一年だ。
――このお金で繋がっている関係が、いつまでも続くものではないことはわかっている。
私だって高校生だ。
ある程度貯金ができたら、彼は必ず契約の終了を申し出てくる。
私と彼の関係は、彼の方がメリットよりデメリットの比重の方が圧倒的に大きい。
――世間では許されることのできない罪。
バレる前に稼ぐだけ稼いでキリのいいところで辞めるのが得策だと、私だって思う。
だとしても、一人の人間との出会いで、ここまで人生が楽しいものに変化するだなんて――。
いつかやって来る彼との別れを、私は素直に受け入れられるだろうか?
想像しただけで、胸が締め付けられるように苦しくなるというのに。
「......風間さんが、私の本当のお父さんだったら良かったのになぁ」
つい本音が口から漏れてしまう。
神様というのは、つくづく残酷な現実を私に与えるのが好みのようだ。
あんな家事もできて見た目もいい、そのうえ娘思いな彼が父親だったら、私はもう少し真っすぐ成長していたのかもしれない。
休日は二人で遊園地や映画館に行って、帰りにレストランでご飯を食べたり――って、これじゃあまるで恋人みたいかも?
想像しておかしさに鼻を鳴らす。
――二人の生活の終わりがいつやって来るかなんて、誰にもわからない。
いま決まっていることは、お風呂から上がれば今日も美味しいご飯と風間さんが待っている幸せ。
せめて一緒にいられる間くらいの時間は全力で楽しもう。
気持ちを切り替え、湯舟からすっかり温まった身体を起こす。
横目でピカピカの鏡に映った自分に対してニッコリと微笑んで見せ、私はお風呂場をあとにした。
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