第22話【前兆】

 12月。

 年間でもっともスーパーが忙しくなるシーズン。


「風間氏、大丈夫?」


 平日夕方の混雑した店内、ぼーっと考え事をしながらお米の品出しをしている俺に、かすみが声をかけてきた。

 

「ああ、大丈夫大丈夫」

「全然大丈夫そうに見えないから言ってるんだけどな......」


 指を指された先を視線を向ければ、パレットの上に明らか自分の身長以上の高さにお米を積んでしまっている。

 これでは女性客や高齢の方が取りにくい。

 しかも銘柄ごちゃ混ぜだ。


「熱でもあるんじゃないの? ほら、時期的に体調崩しやすいしさ」

「んなことねぇよ」

「てことは、世愛せなっちと毎晩お盛んで疲れが出ちゃいましたか」

「私がどうかしたの?」

「おおっ!?」


 横から世愛が突然現れて俺の顔を覗き込んでくるもんだから、つい驚いて軽く身体をのけ反らす。


「いや風間氏がね、世愛っちがあまりに可愛すぎて最近寝不足で疲れてるんだとさ」

「店内で遠回しに卑猥ひわいな発言するんじゃねぇ。誤解されるだろ」


 かすみは口元に手を当て愉快そうな視線をこちらに向けて説明する。

 こいつは何が何でも下ネタに持っていきたいようだ。


「叔父さん、また風邪引いちゃった? またおかゆ作る? 今度は失敗しないから任せて」

「気持ちは有り難いんだが、お前まで俺を病人扱いしなくていいから」


 世愛が前のめりに訊いてくる。

 あれから何度か料理特訓はしているので、前回のような悲惨な結果にはならないだろう。

 だが今回の俺は体調が悪いわけではないのでまたの機会にお願いするとして。

 原因は病気とは全く関係のないものだった。


『世愛ちゃんのことを探っている人間がいる』


 世愛の誕生日に奏緒かなおから俺のスマホに送られてきた、一言の警告メッセージ。


 気になっており返し訊ねてみると、なんでも奏緒の探偵会社に世愛のことを調べてほしいと依頼してきた人間がいたらしい。

 相手の人間は40代前半。とある某有名IT企業に務めるサラリーマン。

 身なりからしてそこそこ地位のある役職と思われる。

 対象が未成年の女の子に加え、血縁・親類関係ではないこともあり、依頼自体は断ったそうだが......奏緒の探偵として培ってきた経験が嫌な予感を抱いたらしく、同居人の俺に連絡したというのが詳細。


『いまはまだ世愛ちゃんに知らせなくていい。相手の目的が確定しない段階で伝えても、いたずらに不安が増すだけだから』


 奏緒曰く、そういった人間は最終的に法律すれすれの行為を行う探偵会社に依頼する場合が多いらしい。

 実際、金さえあれば依頼人の知りたい情報を何が何でも手に入れる危険な業者も存在するという。

 さすが、本職の人間が言うと説得力が半端ない。


『とにかく、あんたは何があっても世愛ちゃんを守ってあげなさい』

 

 そんなもん、言われなくてもそのつもりだ。

 雇われの身だとしても、今は俺が世愛あいつの父親なのだから。

 相手が仮にストーカーだろうが何だろうが、娘を悪者から守るのが親の責任。義務。


『私の方でも依頼人について詳しく調べてみるから、何かあったら連絡ちょうだい』


 奏緒からのメッセージには、最後にそう書かれてあった。

 こういう時、知り合いに探偵をしている人間がいると心強い。元カノではあるが。


 できれば世愛が気付く前に穏便に処理したい。

 しかし現状自分にできる範囲が極めて少なく、相手の出方を待つしか方法がないことに焦っていた。


 ――駄目だな。俺が世愛のことを心配する立場なのに、逆に心配されちまうなんて情けねぇ。

 

「......実は、今年のクリスマスの献立こんだて、何にしようか迷っててさ」


 俺は二人を誤魔化すため、咄嗟に思いついたことを口にした。

 

「......は? 何言ってんの風間氏! クリスマスイブまでまだ3週間あるんだよ!? 気が早すぎでしょうが~!!」

「うるせー! 俺からしたらもうあと3週間しかないんだよ」

「叔父さん、凝り性だからね」


 客の目もはばからず、かすみはゲラゲラと声を上げて笑った。

 世愛も一緒にクスクスと笑みを浮かべる。


「ケーキはこの店で予約したのがあるからいいとして、クリスマスだからやっぱり家でチキンとか焼いちゃう感じ?」

「そのつもりではいる」

「マジか!? たはーっ! 本物のクリスマスパーティーみたいじゃん!」


 かすみが興奮するのも無理はない。

 何を隠そう、うちのキッチンには一般家庭にはまずない、大型電気オーブンが備え付けられている。

 大きさゆえにこれまで持て余し気味だったが、あれならチキン丸々一羽を焼くのもわけない。


「良かったらかすみもクリスマスイブ、遊びに来る?」

「え!? いいの!?」

「やめておけ世愛。かすみはその日ラブラブな彼氏とデートするんだから」

「......おい、こら。年齢=彼氏いない歴の私に対する当てつけをするとはいい度胸だ」


 日頃から俺と世愛を茶化してくるお返しだ。

 たまにはやられる側の気持ちをくらいやがれ。


「あ、でもせっかくの聖夜に二人のお邪魔をするのはちょっと......」

「いいよね、叔父さん?」

「まぁ、世愛がいいなら俺は別に構わないぞ」


 珍しくテンション高めな声で許可を求めてくる。

 当然、家主がやりたいのであれば俺が拒否する権利はない。

 

「ありがとう。私、クリスマス会ってやったことなくて。前からちょっと興味があったんだよね」

「世愛っちさえ良ければ、毎月自宅でパーティー開いてくれてもいいんだぜ?」

「パーティーだったら年中お前の頭の中でやってるだろ」

「風間氏ひどっ!」


 膨れっ面のかすみのフォローは世愛に任せ、俺はバックヤードに台車を戻しに行ったあと、催事スペースへと向かった。


 店内の入り口内に展開されている催事スペースは、この時期だとクリスマス関連の商品がずらりと陳列されている。

 子供用シャンパンにブーツ型のケースに入ったお菓子の詰め合わせ。

 いい歳した大人の俺でも見ているだけで童心に帰れる。


 ――ふと、入り口のすぐ外、駐車場から誰かに見られているような気がして振り向いた。

 目についたのは、正面に停められた青い軽自動車。運転席に人の姿が見える。


 ――あの車、昨日も同じ位置に停まっていたな――いや、昨日だけじゃない。この数日間、少なくとも俺がシフトを入っている日は必ず見かけている。


 嫌な胸のざわつきを抑えながら、俺は店の外へ出て、ゆっくりと怪しい車へ徐々に近づいて行く。


 ――が、あと少しのところで相手に悟られてしまったらしく、運転手の顔をはっきりと見る前に車はエンジンがかかるや、すぐに急発進。

 タイヤが地面に擦れる音を響かせ、駐車場内から勢いよく出て行ってしまった。

 茶色のニット帽をかぶった、おそらく自分と同年代くらいの男。

 一応ナンバーはチェックしておいたので、念のため社員には報告しておくとしてだ......。


 まるで店内にいる誰かを監視していると臭わせる、毎回同じ駐車位置。

 こちらが近寄った瞬間に逃げたことから、何かやましい行為をしていた可能性は充分高い。


 ――年の瀬が迫る中で起きた、不気味な出来事。

 俺は得体の知れない気持ち悪さを覚え、悪寒が走った。

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