第21話【誕生日プレゼント】
今朝も塩対応が続いていた世愛が学校に行くのを見送り、俺は大急ぎで家事を終わらせ外出した。
行先は最寄の駅から上りで3駅離れた、この付近では一番栄えている繁華街がある場所。
時間に余裕があればネットで選んで取り寄せるという技が使えたのだが、さすがの早さが売りのネット通販でも昨日の今日では間に合わない。
タイミング良く俺は本日バイトが休み。
世話になっている人間への贈り物でもあるわけだから、やはり実物を自分の目で直接選んだ上で渡したい。
プレゼントの目星はもう既に大体つけてはいる。
「いいかい風間氏? プレゼントで重要なのは金額ではなく実用性なのだよ」
昨日のバイト終わり。
何を渡していいか悩む俺をかすみが上から目線で助言してきた。
「んなもん相手の好み次第だろ?」
「シャラァァァップ! 君には世愛っちが高級志向の女子に見えるのかね?」
「......見えないな」
かすみの言う通り、世愛はブランド品にあまり興味が無いというのは、二ヶ月以上一緒に住んでいてなんとなく感じてはいた。
部屋着のほとんどは某有名ファストファッションメーカーの物。
外着もその辺にいるおとなしめのJKが着ている、値段相応そうな落ち着いた柄のワンピースやカーディガンばかり。
唯一、何故か財布だけはブランドものを使っている。
俺の中の金持ち=ブランド品が好きというイメージは、世愛によって
「だーしょ? 世愛っちは育ちが良さそうな雰囲気あるからついブランド品以外は受け付けないんじゃなかって
「なんとなく言いたいことはわかるんだが......お前、気持ち悪いな。俺よりおっさ
んくさいぞ?」
「おいコラ、人がせっかくアドバイスしてあげてるというのに気持ち悪いはないでしょーが!」
頬をフグのように膨らませてたかすみは、俺の首を軽く絞めあげた。
じゃれて来るのは構わないんだが、俺が男であることをもうちょっとこいつには意識してほしい。
かすみの胸が俺の胸板に当たって、最近ご無沙汰の下の俺が勘違いをしてむくりと起き上がってしまう。
「すまんすまん。俺と世愛の仲を心配してのことなのに、申し訳ない」
「わかればよろしい」
大きく鼻息を漏らしてかすみは俺の首から手を離した。
「もうすぐクリスマスが近いんだから、今のうちに仲直りしとかないと寂しい聖夜を過ごすことになっちゃうよ?」
「......確かに」
俺と世愛の関係を誤解しているかすみらしい、余計なお世話なお言葉。
会話の節々がふざけていても、こいつなりに本気で心配してくれている。
そもそもかすみからの情報がなければ、俺は仲直りする機会だって見つけられずにいたかもしれない。感謝している。
「いまの世愛が何を渡されて一番喜ぶのか、帰りながら頭の中でもっと具体的に整理して考えてみるよ」
「その意気だ風間氏! 時間はあまり無いけど、キミならこのミッションをきっと成功に導いてくれることを私は信じている!」
俺の健闘を祈るかのように、かすみはニヤリと笑ってサムズアップして見せた。
10歳近く年の離れた、バイト先の年下先輩JK。
世愛が娘だとするなら、かすみは世話焼きな友達――と言ったところか。
同い年でも随分とポジションが違うことに、俺はなんだかおかしくて笑みがこぼれた。
***
「――どうしたの、これ?」
バイトから帰ってきた世愛は、リビングのテーブルいっぱいに並べられた料理を見て驚きの声を上げた。
無事目的の場所でプレゼントを買うことができた俺は、すぐに家へと戻り、世愛の誕生日を祝うための料理の仕込みを開始。
手巻き寿司なんかはほんの序の口で、普段は絶対やらない手間暇かかるローストビーフに、後片付けが面倒な唐揚げ。
極めつけはJKの間で流行っているという、お菓子でスポンジ周りをデコったケーキ、通称『JKケーキ』も用意してみた。
「今日誕生日なんだってな。そういう大事な日は教えてくれよ」
「......風間さんに誕生日、教えたっけ?」
「かすみのやつから聞いたんだ。あいつ、お前の履歴書見たから知っててさ」
「そうなんだ......ひょっとしてこれ、全部風間さんの手作り? 凄いね、シェフみたい」
「まぁな」
声音を弾ずませ、世愛はキラキラとした瞳で料理たちを見つめている。
久しぶりの会話らしい会話ができて俺はほっとする。
だが本題はここからだ。
「早く着替えてこいよ。せっかくの料理が冷めちまう」
「うん。わかった」
世愛が着替えるために自室に向かったことを確認し、俺はカウンターキッチン内に隠していたラッピング袋を手に取った。
見慣れたスウェット姿に着替えを終え、リビングに戻ってきた世愛。
ソファに腰を降ろし、笑顔を浮かべながら俺が来るのを待っている彼女の元、片手にラ
ッピング袋を持って近づく。ある意味、
「誕生日、おめでとう」
俺は自分の顔が熱くなっているのを感じつつ、世愛にラッピング袋を手渡した。
「......開けてもいい?」
一瞬驚きの表情を見せた世愛。
返事の代わりに頷いて返すと、世愛は丁寧にリボンを
中から出てきた物は――オフホワイト柄の手袋に、ホワイト&ブルーのチェック柄マフラー。
「この前、手袋片方無くしたとかって言ってただろ? たまたま買い物してたらお前に似合いそうなのを見つけてな。手袋だけっていうのも寂しいから、ついでにマフラーも同じ場所で買ってきた」
誕生日プレゼントのために朝から駆けずり回ったことを上手く隠そうとしたつもりが、自分でもツッコミたくなるような嘘丸出しのバレバレな理由に。
子供相手に何を緊張しているんだ、俺は!
「これから冬も本番だろ? 寒さは女性の大敵だからな。あ、気に入らなかったら無理に使おうとしなくてもいいから」
「......そんなわけないじゃん」
世愛は手袋とマフラーを抱きしめ、
「――ありがとう。一生大事にするね」
今まで見てきた中で一番の、最高の笑顔を俺に見せてくれた。
それだけで苦労してプレゼントを選んだかいがあったというものだ。
「......ようやく機嫌を直してくれたな」
「機嫌?」
「だってお前、最近明らかに俺に対して塩対応が続いてたからさ」
「ああ、そのことか」
世愛は俺の目を真顔になってじーっと見つめると、
「――風間さん、私に黙って奏緒さんに会ってたでしょ?」
ズバリの指摘に俺の肩が上下に揺れた。
「......どうしてわかったんだ?」
「やっぱり。女の子を
一度しか会ったことのない人間の香水の匂いまで覚えているとは......絶対記憶能力は匂いも適応されるようだ。ウチの娘は警察犬か何かか?
「私は風間さんが奏緒さんと会うことに対して、ダメだとか嫌だとか、そういう気持ちはないの」
くだらないことを考えている俺を置いておいて世愛は語り始めた。
「怒っていたのは、風間さんが私に正直に話してくれなかったこと。娘に黙って他の女性に会われるの、あんまりいい気持ちはしないんだよ? 会うなら堂々と言いなさい。わかった?」
「......肝に
奏緒がこの部屋に乗り込んできた時に修羅場みたいなやり取りをしたもんだから、当然俺は世愛に反対されると思い込んでいた。
しかし実際は違った。
こいつの中でどうも奏緒の位置付けがよくわからんが、これからは連絡が届いても変に誤魔化そうとしなくてすみそうだ。
「よろしい。私が言いたかったことは以上。ほら、いい加減食べないとせっかくのご馳走が冷めちゃうよ?」
「...... だな」
気持ちがスッキリしたらしい世愛は、両手でいただきますの合図をすると早速手巻き寿司を作り始めた。
子供っぽい
本当に、今時のJKはよくわからん。
わからんが――こいつの優しさに毎回救われているのだけは充分理解している。
いつか必ず恩を返したい――そう願う俺の元へ、奏緒からスマホにメッセージが届く。
『世愛ちゃんのことを探っている人間がいる』
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