第20話【ヤキモチ】

 ここ最近、世愛せなの俺に対する態度が冷たい気がする。

 今だってそうだ。


「夕飯、何が食べたい?」


「......別に。なんでもいい」


 平日の朝。

 冷蔵庫の中を覗きながら、リビングのソファに腰かけ朝食を食べている世愛に話しかけても、帰って来る声音こわねはどこか不愛想。

 もともと表情の変化がとぼしい上に朝が弱いタイプなので、俺の気にし過ぎな可能性も否定はできないんだが。

 あの夜、かすみに言われた、


『世愛っち、演技するのめちゃめちゃ上手いタイプだから気を付けなね』


 という言葉が少なからず不安を後押ししてくる。


「きょう俺、夕方でバイト終わるんだ。世愛は今日シフト入ってないだろ? 良かったら学校帰りに待ち合わせして、食糧の買い出しに付き合ってくれないか?」


 つい顔を歪めたくなる雰囲気に耐え兼ね話題を逸らしてみた。

 いつもなら俺が言わなくても、子供のようにお菓子やデザート目的で勝手に付いてくる世愛。

 そのくらいの一つや二つを買ってやるだけで機嫌が直るなら安いもんだ――と思いきや。


「......ごめん、テスト勉強したいから一人で行って」

「......そうか。世愛が大好きなプリンがあったら絶対買ってきてやるから、楽しみにしててくれ」

「......」


 返事は返ってこず、世愛の小さな咀嚼音そしゃくおんのみが俺の耳に辛うじて届く。

 朝からリビングに原因不明の気まずい空気が漂う。

 数日間、こんな倦怠期けんたいきの夫婦みたいなやり取りが朝晩続いている。

 気になって世愛にそれとなく理由を訊ねても、

  

『別に』


 の一言で片づけられてしまいらちが明かない。 

 そもそも俺に非があるのかわからない状態で謝っても説得力は皆無に等しい。

 世の中のお父さん方も、ある日突然娘から向けられる扱いの悪さに困惑していると思うと、雇われ父の身でも親近感が湧いてくる。


「......ごちそうさま。行ってきます」


 結局、朝食を食べ終えた世愛はボソとそれだけ言い残し、逃げるように家を出て学校へと向かってしまった。


 ***


「風間氏、何か世愛っちがヤキモチ焼くようなことしたんじゃない?」


 バイト先のスーパーに出勤するなり、俺は休憩室で勤務前のコーヒータイムを楽しんでいるかすみに相談に乗ってもらった。

 餅は餅屋ということわざがあるように、JKのことはJKに訊ねるのが得策だと判断した結果だ。

 やはりかすみも最近の俺たちの雰囲気が気になっていたらしく、早々に俺に尋問してきた。


「してねぇ......はずなんだけどなぁ」


 壁に背中を預けて俯きながら考えても、口から出てきたのはうめきまじりのつぶやき。

 頭を悩ませている様子の俺を、かすみはニヤニヤとなにやら楽しそうな眼差しで見ている。


「少しは自覚あるんだ」

「100パーセント俺が悪くないなんて保証はどこにもないからな。普通に生きてるだけで誰かに誤解を招く時だってあるわけだし」

「さすがは26歳のおじさま。人生経験豊富そうなコメント頂きました」

「茶化すな」


 世の中にはいろんな人間がいれば、その分、受け取り方だって千差万別。

 真面目に生きているつもりでも、それが誰かの恨みを買っている場合だってありうる。

 人間関係というのは本当に難しい。


「だよね~。お互い相手の心の声が聴こえたら、すれ違うなんてこと起きないもんね」


 かすみもうんうんと頷き、手に持っている缶コーヒーを一口飲む。


「――風間氏、浮気とかしてない?」

「急に失礼な質問だな、おい。するわけないだろ」


 かすみの中で俺と世愛の関係がどう構築されているのかは知らんが、別のこどもに浮気? する親がどこにいる。

 第一、そんなことをしたら父親契約終了で世愛から家を追い出されてしまう。

 真冬に住む場所を失うのだけは御免こうむりたい。


「では質問の仕方を変えましょう。最近、世愛っちほったらかしにして、誰かと遊びに行ったりとかした?」

「ほったらかしではないと思いたいが、行ったな」

「相手女の人?」

「......まぁな」

「それだわ」


 かすみは右手でパチっと指を鳴らし、そのまま人差し指を俺に向けた。


「いやでも、世愛にはちゃんと許可取ったし、相手が女性なことは話してないぞ?」

「甘い! この、地域限定、練乳が死ぬほど入った缶コーヒーくらい激甘だよ!」


 例えが絶妙にわかりくい。


「女の子はね、ちょっとした香水の匂いなんかで気付いちゃったりするもんなのよ」

「んな犬じゃあるまいし。いま時、男でも香水付けてる奴なんて普通にその辺にいるだろ?」

「シャラァァァップ! いい大人がごちゃごちゃ言わない!」


 休憩室に大きく響く声で俺を制したかすみは、練乳が死ぬほど入った缶コーヒーをやってられるかと言わんばかりにイッキ飲みする。

 まだ昼休憩前の時間帯で俺たち以外に誰もいないのが幸いだ。  


「――まったく、世愛っちの機嫌回復のためにも、明日は盛大に祝わないとだね」

「明日? 明日は祝日じゃなくて平日だったと思うが...」


 飲み終わった缶をかすみは専用のゴミ箱へ投げ入れようとするも、俺の思わぬ反応に手元が狂ったのか、無情にも空き缶はゴミ箱の上空を通り抜ける。

 振り向いたかすみは表情を引きつらせ、信じられないといった視線を俺に浴びせた。

 

「......その反応、まさか世愛っちの誕生日を知らなかったとは言わせませんぜ、旦那?」

「......そのまさかだ。ていうか、お前の方こそ何で知ってんだよ?」

「私はほら、バイトの面接の時にちらっと履歴書見たからさ~」


 視線を明後日の方向へ向け白状するかすみ。 


「でもさ、このタイミングで誕生日知れて良かったじゃん。いい機会だからプレゼントでも渡して早く仲直りしちゃいなよ」

「プレゼント、ねぇ......」


 俺はそうつぶやきながら、かすみが外した空き缶を拾い上げ、今度こそゴミ箱へと入れた。


 こういう時、恋人だったらアクセサリー系なんかをプレゼントするのが無難なんだろうが、相手は俺の雇い主兼娘設定のJK。

 しかも今回は相手の機嫌が直るくらいの物を用意しないと意味が無い。


 降って湧いた明日が娘の年に一度の記念日という事実に、バイト中も俺の頭の中はプレゼント選びのことでいっぱいだった。

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