第19話【本音】
「あー! 惜しい! もっとボールを良く見て!」
バッターボックスに立つ俺が空振りすれば、ネットを
回転寿司・映画館と彼女に連れ回されたデートの最終到着場所は、ここバッティングセンター。
球が全て出尽くすと、奏緒は扉を開けてバッターボックスに入ってきた。
「ボールが飛び出した瞬間にバットを振るくらいのタイミングでいいわ。あともう少し腰を入れなさい」
「......ハァハァ。お前、俺が球技苦手なの知ってるよな?」
「苦手だと思うからダメなのよ。何事も思い込みが大事。わかったら追加でラスト30球!」
「これ絶対この前の腹いせ入ってるだろ!?
俺の叫びも虚しく、無情にも再び機械にコインが投入される。
マシーンはこちらの体力状況なんてお構いなしに、命令通り100キロのストレートを投げ続けた――。
「どう? 当たらなくてもバットを思いきり振るだけで気持ちいいでしょ?」
「......気持ち良さより疲労感の方が半端ないんだが」
俺と交代でバッターボックスに入った奏緒が打ち終わり、涼しい顔で室内から出て来た。
同じ球速・球数のはずなのにこの差。
探偵業をしているだけあって、体力は並みの女性以上にある。
「たかだか90球くらいで情けない。昔より体力が落ちてるのは仕方ないけど、いまのうちに鍛え直した方がいいわよ」
「......肝に銘じておく」
まだ呼吸の荒い俺を横目に、奏緒はすぐ隣のベンチに腰を下ろしてスポーツドリンクを飲む。
喉仏が上下に動き、ごきゅごきゅと小気味良い音が耳に届く。
「いつも一人で来てるのか?」
「まぁね。仕事で嫌なことがあった時とか、それこそあんたのことでストレス溜まった時なんかもお世話になってる」
「本人の前でぶっちゃっけるなよ」
「いいじゃない。恋人としての最後の無礼講よ」
奏緒とは知り合ってもう5年、恋人関係になってからは3年近く経つが、いつの間にかこんなアクティブな趣味を持っていたなんて思いもしなかった。
見た目ボーイッシュな彼女らしい。
「――雇い主様、
さり気なく奏緒が訊ねた。
「おかげさまでな」
「煙草を辞めたのは世愛ちゃんがきっかけ?」
「気付いてたのか」
「当たり前でしょ。あんたと何年付き合ってきたと思ってるのよ」
部屋の中では吸えないにしても、ベランダや外で吸うという手段があるにも関わらず、どういうわけかそこまでして吸う気になれなかった。
......違うな。俺は多分、世愛から貰った大事な金を煙草という非生産的な物に消費したくなかったんだと思う。
「最近はちょっとずつだけど、料理を教えたりしてる。あと二人でバイトも始めたんだ」
「そう。あんた、バイトできるまで回復したのね」
「と言っても、週5日の4時間勤務程度だけどな」
「ううん。だとしても一年前に比べたら大きな進歩じゃない。おめでとう」
全然大したことでもないのに、真顔で祝われると背中の辺りがムズムズするんだが。
でも悪い気はしない。
「え、ちょっとまって。二人でって......まさか同じ場所で働いてるわけじゃないでしょうね?」
「......そのまさかだったらどうする?」
質問に質問で返す俺を、奏緒は右手でおでこを押さえ、
「――あんたバカなの?」
眉をひそめてそう言い放った。
「勘違いするな。世愛が同じ場所でバイトしてほしいって言うから仕方なくだな......」
「バカはバカでも親バカの方だったか」
「もちろん俺と世愛の関係は秘密にしてある」
「そういう問題じゃないわよ」
なにがおかしいのか、奏緒はツボにハマったようにクスクスと笑い始めた。
「とりあえず、いい雇われお父さんをやってるみたいで安心したわ。私はてっきり、とっくに世愛ちゃんの誘惑に負けて手を出したものだと思ってたけど」
「誰が未成年のガキに手を出すか。見損なうんじゃねぇ」
「どうかなー。世愛ちゃん魅力的だし。何より若さ溢れるJKで、しかも私と違って胸まで大きいし」
確かに、世愛は同世代のJKと比べたら美人でスタイルも悪くない。
出会った時に酔った勢いで抱こうとしてしまったのも認める。
でも世愛は俺の大事な雇用主である前に、17歳の女の子でもあるんだ。
好きでもない男に抱かれるのは絶対、将来的に傷として一生残る。
今までのあいつ自身の
まったく、最初は金だけの繋がりだったはずなのに、いつの間にか父親設定が芯まで染み付いちまったみたいだ......。
「俺の方からも一ついいか?」
「なによ」
「どうして俺と世愛の関係のこと、警察に通報しないんだ?」
「簡単よ。元カレがJKに淫行して捕まったなんて会社の人にバレたら、私の信用に関わるじゃない。ただそれだけのこと」
俺からの疑問を奏緒は淡々とした口調で答えた。
「......恩に着る」
「やめてよ恥ずかしい。その変わり、世愛ちゃんのこと、知っかり見ててあげないとダメよ? あの年頃の女の子は不安定な上に、世愛ちゃんの場合は――」
「世愛がどうかしたのか?」
「なんでもない。こっちの話。世愛ちゃんに『ウチのヒモ
「元、ヒモ男な」
奏緒が世愛のことで何か言いかけたのが気になったが、そのまま彼女の話しに乗ることに。
「わかった。いつまで続けられるかわからないが、その時が来るまで、俺はあいつを本当の娘だと思ってこれからも一緒に暮らしていくつもりだ」
「......あんた、そういうカッコいいセリフ、ホント似合わないわね」
「うるせぇ」
鼻を鳴らして破顔する奏緒は、膝の上を両手でパンと叩いてから立ち上がり、
「よし! 小休止終わりー! もうワンセット行って来るね!」
「あんまりやり過ぎると汗で化粧が大惨事になるぞ?」
「いいの! 今日はとことん暴れたい気分なの!」
俺の方を一切振り向かず、再びバッターボックスの中へと入って行った。
カキーンと、周囲から聴こえるバッティング音に負けず劣らずの快音を響かせ、奏緒は相変わらず的確に球を高々と打ち返す。
時折、鼻を
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