第18話【ケジメ】

 かすみの意味深な発言を受けた、数日後。

 俺のスマホに思いがけない人物から連絡があり、呼び出された。

 スルーも出来たんだが放置する気にもなれず、覚悟を決めて約束した時間に待ち合わせ場所へと足を運ぶと、


「......遅いわよ」

「悪い。ちょっと家を出るのに手間取ってな」


 約束の時間より5分ほど遅れてカフェに到着した俺を奏緒かなおは軽く睨む。

 窓際のテーブル席で一人佇んでいる姿は、いかにも休日のキャリアウーマンといった雰囲気。

 すらっとした脚にスキニーデニムのパンツが良く映えている。

 奏緒とテーブルを挟んだ反対側の席に座り、やって来たウェイターにホットコーヒーを注文。店内はのんびりした雰囲気だが、日曜日の午後だけあって人は多く、空席はほとんどない。


「それにしてもお前、わざわざ会社のスマホ使ってまで俺に連絡取らなくても」

「だって仕方がないじゃない。あんた、私のスマホの番号ブロックしたままなんだから」


 奏緒が寝取られた現場を目撃して間もなく、俺のスマホには何度も彼女から着信やメッセージが入っていた。

 あまりにショックだった俺は奏緒のアドレスを着信拒否設定に登録し、メッセージアプリの方も同じようにブロック。今日こんにちに至る。


「......で、直接会って話したい用件ってなんだよ?」 


 注文したホットコーヒーが運ばれてきたところで、極力平静を装って訊いてみた。 

 おそらく俺と世愛せなに関することなのは間違いない。

 ついにこの時が来てしまったか――やっぱり彼女のことだからもう既に警察に通報済みなんだろうな――口の中に溜まった唾をゴクリと呑み込み、彼女が口を開くのを待つ。


「......うちに残ったままのあんたの荷物、いい加減引き取りに来なさいよ」


 淡々とした口調で返ってきた言葉は、酷くどうでもいい内容のものだった。 

 拍子抜けして思わず全身の力が緩まる。


「なんだそんなことか」

「そんなことって何よ。こういうのは持ち主への相談無しに勝手に捨てると、最悪裁判沙汰になったりするもんなの。あんた知らないわけ?」


 同棲相手が何かのコレクターだったらともかく、俺は特にこれといった趣味を持たない人間。よって当然収集している物も何もない。そのくらい、俺の彼女を3年以上もやってきた奏緖なら知ってるはずなんだがな。


「はいよ。近いうちに予定立てて引き取りに行くから安心しろ」

「約束したからね。あとついでに私のスマホのアドレス拒否も解除してくれない? 仕事中にあんたの名前なんか見たくもないんだけど」

「用件はそれだけか? すまんがあんまり遅くなると世愛に怪しまれるんで無いなら帰るぞ」

「ちょっ、待ちなさいよ! まだあるに決まってるでしょ!」


 憎まれ口を浴びせられてつい立ち上がって帰ろうとする素振を見せれば、奏緒は慌てて俺を引き留めた。

 今度こそ予想していた話を切り出してくる――はずだった。


「......今から私と......デートしなさい」


「............はい?」


 奏緒の口から飛び出したワードに、俺は自分の耳を疑った。 

 視線を彷徨さまよわせ、心なしか頬も赤く染めている。


「お前、熱でもあるんじゃないのか? いくら身体が頑丈っつったって、季節の変わり目なんだから気をつけろよ」

「人を一方的に病人扱いしないで」


 上ずった声音で否定しても何の説得力もない。


「ほら、あんたが身体壊してから、久しく二人で何処かに遊びに行ってなかったじゃない?」

「いやだからってお前、別れた男とデートしたいって正気か?」

「まだ完全には別れてないでしょ! いいから最後の思い出作りに協力しなさいよ! このバカ!」


 落ち着いた曲調のジャズがかかった静かな店内に奏緒の叫びが響き渡る。

 周囲の視線がこちらに集中し、申し訳ない気持ちで俺たちは軽く会釈して謝った。

  

「......俺は別に構わないが、世愛の許可が下りたらな」

「なんでよ?」

「デートってことは帰りはそれなりに遅くなるなんだろう?」

「ちょっ!? なに勘違いしてんの!? デートはデートでも健全な場所でのデートに決まってんでしょ!」

「......いまお前、何かエロいこと想像してたろ?」

「うっさい!」


 周囲に気を遣って小声でやり取りしていても、顔が益々上気した奏緒の挙動の不審さで逆に目立ってしまっている。

 このまま長居するのも気まずいので、俺は素早くスマホをタッチして世愛にメッセージを送った。

 返事は一分もかからない内に返ってきたのだが、そこにはただ一言、


『ごゆっくり』


 とだけ返事が。

 いつもながら、感情の読めない文面に今回は余計に戸惑う。

 家を出て来る時、休日に一人出かける俺を明らかに怪しんでいたからなぁ――。

 まぁ、お土産に何か甘いもので買ってきてやれば大丈夫か。

 俺は世愛に土下座するキャラクターのスタンプを送信すると、そのままスマホをジーンズのポケットにしまい入れた。


「......許可取れたぞ。ただし、あんまり人が多いところとかは勘弁してくれ」

「わかってるわよ。あんたの身体をいたわったデートコースにしてあげる」

「俺は介護老人か」


 頬杖をつきながら、釣り目がちな目を細めて奏緒は笑みを浮かべた。

 こんなにも嬉しそうな彼女の表情を見たのはいつ以来だろう?

 死刑宣告を受けに来たつもりが、元カノから最後のデートに誘われる。

 思いもよらない展開を簡単に受け入れている自分を、俺は他人事のように客観視していた。


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