第17話【おもてなし】
「いや〜悪いね〜。夕飯までご馳走になっちゃってさ〜」
リビングのソファにテーブルを挟んで
約束通り俺たちはバイトを終えたあと、観念して家にかすみを招き入れた。
「お前一人だけ夕飯抜きってわけにもいかないからな。んで、感想は?」
「うむ、世は満足じゃ。この腕前ならいつ嫁に行ってもNO PROBLEM!」
綺麗な発音の英語で俺にサムズアップする、見た目は外国人に見えなくもないJK。
こういう時に限って大量のカレーを作り置きしておいて助かった。
純粋に自分の作った料理を褒められるのは嬉しいんだが、なにせ今は状況が状況だ。
早急にお帰り願いたいところである。
「しかしまぁ、世愛っちの家にはビックリしたよ。結構お高いでしょ、ここの家賃」
「私はよく知らないけど、多分そうなんじゃないかな」
「だよね~。子供のウチらからしてみたら相場なんて全くもって見当がつかないもんね~」
ソファにもたれかかって天井を見つめるかすみを横目に世愛は話を合わせているが、学
校からのバイトで疲れているらしく、普段より
「でもさ、4人で住んでるには気持ち
「世愛の両親、要するに俺の姉夫婦なんだが、仕事でいろんな国に飛び回っていてなかなか帰ってこないんだ。だからこのくらいの広さでも全然問題ないんだよ」
バイト中、何度も脳内で対策をシミュレーションしたかいもあって、ここまでスムーズにかすみの疑問に答えられている。
「へ~、そんなもんなんだ。じゃあこれからもちょこちょこ世愛っちの家に遊びに来てもいい?」
「うん、いいよ」
「マジ!? ありがとう世愛っち~!
自分の隣に座っている相手を大きなぬいぐるみか何かと勘違いしているんじゃないだろうか。かすみは世愛に抱き着いて顔に頬ずりしている。
なんだか、一人必死にバレないよう立ち回ってる自分がバカみたいに思えて仕方がないんだが。
「さて、夜も深まってきたことだし、あとは若い二人に任せて私はそろそろお
定番とも言える年寄りくさいセリフを口にしてかすみは立ち上がった。
「家まで送ってやるよ」
「心遣い感謝する。でも大丈夫だから」
「そんなわけあるか。こんな時間に未成年者を一人外に放り出して何かあったら、お前の親御さんに申し訳がないからな。わかったら大人しく黙って付き添われろ」
「......しょうがないにゃ〜。風間氏がそこまで言うなら、ボディガード役に任命してあげよう」
本音としては一刻も早くこの緊張感から解放されたいが、だからといって夜道をこいつ一人で帰らせるのはあまりいい気分はしない。
俺は壁にかけらていた上着を
「そういうことだから、悪いがこいつを家に送り届けてくる。眠たかったら先に寝ててもいいからな?」
「大丈夫。風間さんが帰って来るまで起きてる」
とてもそうは思えない世愛は睡魔の影響で船を漕いでいる。
「わかった。じゃあ帰りにコンビニで世愛の大好きなプリン買ってきてやるから洗い物頼めるか?」
「上にいっぱい生クリームが乗ったの? 任せて。風間さんが帰ってくるまでに絶対片づ
けておくから」
世愛の閉じかけていた瞼が大きく開いて反応する。
馬にニンジンじゃないが、世愛にプリンという言葉の響きに思わず鼻を鳴らしてしまう。
「いいな~。私も洗い物手伝うからプリンおごって~」
「お前はいまから俺が家に送るんだろうが!」
猫なで声を上げて腕に絡みついてくるかすみを無理矢理引っ張りながら、俺はそのまま玄関へと向かった。
***
外へ出たかすみは、諦めたのかようやく俺から離れて自分の意思で歩き始めた。
かすみの家はバイト先から比較的近所。そこまで大した距離ではない。
とはいえ今の季節、日中はともかく朝・晩は冷え込むのでやはり上着を着てきたのは正解。
緊張で体が
「さっきの話なんだが、かすみも苦労してんだな」
夜道を並んで歩いていると、ふと会話が止まった瞬間があった。
何か話さなければと焦った結果、思いついたのはかすみの家庭事情の件。
「......その言い方、人を能天気な勢いだけで生きてるおバカさんだと認識してない?」
「してねぇよ。飛躍しすぎだ」
「どうだか。風間氏、明らかに私のことバカにしてる節があるし」
「例えば?」
「計算が苦手なこととか、炭酸飲料が飲めないこととかさ」
「炭酸はともかく、計算に弱いのは今のうちにどうにかしておけ。じゃないと社会に出た時に泣くのはお前だぞ」
「は~い。先人が言うと説得力がありますなぁ」
「人を老人扱いするんじゃねぇ」
「あたっ!」
トレードマークの一つでもあるお団子頭を手で軽く小突けば、オーバーリアクションで返す。
すれ違う会社帰りのサラリーマンたちからは仲の良い兄妹くらいにしか映っていないだろう。
再び会話がぷつりと途切れ、どことなく気まずい空気が漂い始めた時だった。
「――あのさ、風間氏が世愛っちの姪っ子だって話、あれ本当はウソでしょ?」
かすみの芯を突く一言に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「ご安心なされ。別に誰にも言うつもりはないから」
「......世愛がそう言ったのか?」
「んにゃ。私の女としての感がそう言ってるだけ」
視線を前におき、かすみは静かに言葉を続けた。
数秒間の沈黙の後、
「――だったら、俺の口からは何も言えないな」
かすみと同じように、俺も前を向いたまま答えた。
俺は世愛の父親役ではあるが、あくまでも決定権は雇い主でもある世愛が持っている。
勝手な一存でバラすのは世愛からの信頼を失いかねないと判断した俺の、苦し紛れの言い分というやつだった。
「何それ!? もう認めてるようなもんじゃん!! まぁいいや。二人には二人の事情があるんでしょう」
かすみはけらけらと笑った。
優しさなのか、それとも単純に興味がないだけなのかは判断しにくい。
だがその言葉と表情には何か達観したような雰囲気が現れている。
その年齢で通信制の高校に通っているということは、やはりそういうことなのだろう。
「でも、これだけは言っておこうかな」
かすみは隣にいる俺の方へと顔を横に向け、
「――世愛っち、演技するのめちゃめちゃ上手いタイプだから気を付けなね」
初めて見る真顔で忠告とも取れる発言を口にした。
「......どう意味だ?」
「そのまんまの意味。女の子は誰でも魔性な一面を持ってるってこと」
首を傾げる俺にさらに追い打ちをかけるかすみは「この辺でいいや。ほんじゃね~」とだけ明るく言い残し、俺が声をかける前に走り去ってしまった。
仕方なく俺は黙って背中を見送る。
二本先の細い路地を入り彼女の姿はあっという間に見えなくなった。
「......なんなんだよ、あいつは」
世愛の表情を思い浮かべた。
ふわりと笑った顔。
寝起き時のぼーっとした顔。
出会った時に魅せた、妖艶でぞくりとする、顔。
元々表情豊かなやつではないが、それらを意図して操っているというのか?
かすみの「気を付けなね」という言葉が嫌に脳裏にこびりついた。
気を付けるも何も、わけわかんねぇよ。
俺は大きなため息一つし、踵を返して世愛の家に向けて歩き始めた。
――かすみと話している間に、見知らぬ番号から俺のスマホに着信があったとも知らずに――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます