第16話【襲来】

 俺と世愛せながバイトを始めて二週間。

 職場の人たちにも恵まれ、懸念していたパニック症状のようなものも全く起きることはなく、平和な日々が続いていた。


「世愛っち、時間までに間に合いそう?」


 バイトの遅い昼休憩時間。

 休憩室のテーブルを挟んで座っているかすみは、ストローで紙パックの牛乳をチューチューと吸いながら訊ねてきた。

 本来は夕方からの出勤なんだが、今日は日中の人がいないとかで俺は昼からシフトに入っていた。

 

「いま学校を出たところらしいから、多分大丈夫だろ」

「そっかそっか。慌てなくていいからゆっくりおいで〜って伝えておいて」

「了解」


 俺はスマホのメッセージアプリで手短に世愛へとメッセージを送る。

 わざわざ伝えなくてもあいつの性格上、これくらいで慌てるなんて考えにくいんだけどな。

 ちなみに世愛と同い年のかすみは通信制の高校に通っているらしく、平日の昼間はこうして大人たちに混じって働いている。


「世愛っちって、あの有名なお嬢様学校の生徒なのに、よくアルバイトの許可が下りたよね」

「成績優秀者は申請さえすれば問題ないんだと」

「ほえ〜。見た目だけじゃなくて頭脳まで神がかってるとは、神様はなんて罪な美少女を世に送り出してしまったんだい」


 世愛の場合、頭がいいというより絶対記憶力の恩恵おんけいによってそう見えるだけなのは、本人のプライドを尊重して黙っておこう。


「――風間氏ってさ、世愛っちの家でお世話になってるんだよね?」

「まぁな。何度も言ってると思うが」


 叔父が姪の家に転がり込んでいるのが珍しいのか知らんが、ちょっと気にしすぎな雰囲気がある。平和な日々の中で、このことだけが妙に引っかかっていた。


「てことは風間氏が家では料理とか洗濯とかしちゃってるわけ?」

「そりゃあ居候させてもらってる身だからな。世愛の両親が仕事で不在気味だから、代わりに家事全般は俺がやってる」

「なるほど、基本は世愛っちと風間氏の二人暮らしみたいな感じか......」


 おいおいまたかよ、とうんざりさせられる質問内容。

 ここまで繰り返されると事情聴取を受けている気分がしてなんとも心がざわつく。

 普段ならもうそれ以上踏み込んで来ないかすみだったが、今日のコイツは違っていた。


「じゃあさ、今日バイトが終わったら家に遊びに行ってもいい?」


「............は?」


 かすみの問いに、俺は思わず顔をゆがめた。


「やだ〜! そんな怖い顔で見ないでよ~」

「いや、お前があまりに突拍子もないこと言うからだろうが。あと目つきが悪いのは生まれつきだからほっとけ」

「ねぇ〜ダメかにゃ~?」

「ダメに決まってんだろ。第一、さっきも言ったがあくまで俺は居候だ。家主の許可無く勝手にいいとは言えん」


 至極当然な意見を述べて俺はかすみの要求を回避。

 するとかすみは手に持っていた紙パックの牛乳を静かにテーブルの上に置き、


「家主――ということはつまり、この場合は世愛っちの許可さえあれば行ってもいいと」

「許可が下りれば、な」


 不敵な笑顔を浮かべているところ申し訳ないが、既に手は打ってある。

 初日からやたらグイグイ来て、俺たちとスマホの連絡先交換までしたかすみ。

 いつかこんな日がやってくるんじゃないかと予想した俺は、あらかじめ何があってもかすみを家に入れないよう世愛に伝えていた。


「ほんじゃ早速、世愛っちに確認取ってみますか」


 自分のスマホを操作しだし、かすみはこちらに向かっている世愛に対しメッセージを送信すれば、返事は秒で返ってきた。 

 画面に書かれたメッセージを見るなり、かすみはニヤニヤとした表情を浮かべてこちらにスマホを向けてきた。

 そこには短く一言、


『いいよ』


 の文字。


 予想外の返答に思わず俺は前のめりに画面を覗くが、紛れもなくそれは了承の合図にほかならなかった。


 ――あのバカ! さては人の話聞いてなかったな!!


言質げんちとれましたー! てなわけで、今日バイトが終わったら二人の家にお邪魔させていただきま~す! あ、泊まるつもりはないから安心してね〜」


 鬼の首を取ったように喜ぶかすみを前に、俺の胃からはキリキリと鈍い痛みが発生し始めた。


 ***


「......世愛、お前何考えてたんだよ」


 売り場の棚メンテ作業中。

 運良くお客さんも周囲には誰もいず、かすみも丁度いないこのタイミングを見計らって俺は世愛に小声で話かけた。


「だってかすみが家庭訪問したいって言うから。風間さんもOKしたんじゃないの?」

「するか! 俺たちの本当の関係がバレたらどうすんだ!?」

「家に入れたくらいじゃ気付かれないと思うよ?」


 自分がしでかした失態の意味をまるで理解していない様子の世愛は、涼しい顔で乱れたお菓子コーナーの棚をひとつひとつ綺麗に整えていく。


「いまさら断るとかえって怪しまれるだろうし、下手にくのも悪手だよな......とりあえず今回はなんとか誤魔化しきるしかないか」

「そうだね」

「......お前、なんか楽しそうだな」

「私、家庭訪問されるの生まれて初めてだからさ。ちょっとワクワクするかも」


 なるほど。店に来てから世愛の声音こわねが微妙に高くなっている原因はそれか。

 普通、家庭訪問なんか一回くらいは必ず経験しそうなもんだがな――って、いまはそんなもんどうでもいいわ!


「いいか? 絶対に契約のこと喋んじゃないぞ?」

「心配性だな風間さんは。少しは自分の子供のこと信用してくれないと私、グレちゃうよ?」


 人差し指をあごの前に当て、世愛は悪戯いたずらっぽく微笑んだ。


 世愛といいかすみといい、最近のJKの中では四捨五入すると30になるおっさんをもてあそぶのが流行ってるんじゃないのか?

 被害妄想に取りつかれた俺は、このあとのことを想像して益々頭を抱えた。

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