第15話【センパイ】
俺と
「いや〜、風間氏が入ってくれて助かったよ〜。あ、それは棚の向こう側の壁沿いでよろしく〜」
夕方。
スーパーのバックヤード。
金髪お団子頭に
「まさかこのタイミングでウチのパワー系担当の男子が辞めるなんて思ってもいなくってさ。こういうの何って言うんだっけ? あさりにカニ?」
「......渡りに船か?」
「それな!」
両手を叩いて右手の人差し指を立てる彼女・
世愛と同い年の女の子にバイト先でもこき使われるとは、なんとも変な気分だ。
「......ハァ。入って早々こんなこと言いたくないんだが、初日も初日の人間にやらせる仕事量じゃないと思うぞ、これ」
「まぁまぁ固い事言いなさんな。こんな美しいレディに頼りにされてるんだから、少しは光栄に思いたまえ」
年下でも先輩に当たるので本来なら敬語で話すのがベストなんだろうが、かすみ本人の強い希望でタメ口で接することに決まった。俺としてもその方が助かる。
「お菓子の品出し終わりました」
「お~、世愛っちありがとう。出なかった分は元の場所に戻しておいてね~」
「はい」
品出しカートを押しながらバックヤードに戻って来た世愛に、かすみは手を振って応える。
俺たちは最初の30分で簡単に店内とバックヤードの中を案内され、早速それぞれ指示された作業をこなすこととなった。
てっきり俺も最初品出しだと思ってたんだがな――どう考えてもこいつは明日筋肉痛で苦しむ未来しか見えない。
「にしてもキミたち、
体を左右に揺らし、腕組しながら俺の作業を見守るかすみは至極当然の思いを口にする。
ちなみにここでは俺と世愛は姪とその叔父さんという無難な設定。
本当の関係を告げたら即警察に通報されかねないんでな。
「風間......叔父さんが私一人だと心配みたいで」
「うっわマジ? 風間氏、めいコンなんだ。それで世愛っちの家に居候してるわけか」
「うん。叔父さんは私がいないと生きていけない体だから」
――待て待て待て!
あの日、世愛に拾われていなければ今の俺は存在しなかったのは認める。世愛からの給料と家の提供もなければ生活できないことも認める。
でもよ、もうちょっと言い方ってもんがあるだろうが。
「......残念だけど、叔父と姪は結婚できないから諦めな。4親等以降離れてるなら大丈夫なんだけど」
「いろいろツッコミたいこと山積みなんだが、これだけは言わせてくれ。勝手に俺をめいコン認定するな。ていうか渡りに船も知らない奴が何でそんなもん知ってんだよ」
「いや~、たまたま最近読んだ小説に乗っててさ。創作上ならドラマチックに聴こえる関係性でも、実際にいるとやっぱ引くわ~」
かすみは口元に手を当てからかうような眼差しを向けてくる。
初対面でここまでグイグイ踏み込んで来られているというのに、不思議と嫌な気持ちにはならない。妙な小娘だ。
「さて、世愛っちには次は売り場の前出し整理をお願いしようかな? 風間っちは飲料の棚整理終わったらお酒の棚整理が待ってるから」
「だと思ったよ畜生!」
「叔父さん頑張ってね」
二人がバックヤードの扉から店内に入るのを見送りつつ、俺は止まっていた在庫整理作業を再開すると、肌寒い季節のはずなのに額からは汗が流れ始めていた。
***
「改めて、初日のお勤めお疲れ世愛っち! 風間氏もバックヤード整理ご苦労!」
バイトを終え、三人揃って店の裏口を出たところで、かすみは俺たち二人の間を割って入るように後ろから肩を抱いてきた。バイト終わってもテンション高いな、おい。
「俺、結局ほとんど売り場出てない気がするんだが」
「気のせ〜気のせ〜。はい、これは私からの初日を無事終えたお二人さんへのご褒美」
「どうも」
「おお、ありがとな」
体を離し、カーディガンの外ポケットから取り出したアメちゃんをくれる金髪お団子褐色JK。
四時間一緒に仕事してわかったが、かすみはノリが年相応以上。はっきり言って良くも悪くも典型的なパートのおばちゃんくさい。本人には言えないが。
「実は同い年の子が入るっていうからちょっとドキドキしてたんだけど、世愛っちなら全然問題ナッシング! 何より美人さんがその場にいるとマイナスイオン効果? で、こっちまで
謙遜しているかすみだってどちらかといえば美人に入る部類だと俺は思う。
例えるなら世愛は室内で大事に育てられた温室系美人。
かすみは大自然の中で解放的に育った野生系美人。
ジャンルの違う者同士を比べる方が酷と言える。
「では、私は先に帰らせてもらおう。二人ともこれからよろしくね! 風間氏、夜道に乗じて世愛っちに手出したらダメだかんね」
「出さねぇよ! アホか!」
「ハハハ! んじゃまた明日〜」
去り際に余計なからかいをおみまいしたかすみは、俺たちが帰る方向とは反対の道へと駆けて行った。
「かすみ、なんだか凄く元気な子だね」
「......アレを元気と
世愛は鼻を鳴らしてクスクスと笑顔を浮かべた。
ほどなくして俺たちも帰路につくことにした。
「風間さんは今日のバイトどうだった?」
「どうも何も俺、ほとんどバックヤード整理で終わったからな」
「そうだね」
世愛の歩調に合わせ、夜道をゆっくり歩いて行く。
「不安とか感じなかった?」
「んな余裕ねぇよ。かすみの人使いの荒さについていくのでやっとだ」
「風間さん、ずっと動きっぱなしだったよね」
「――ただ、不安は感じなかったけど」
「けど?」
「久しぶりに思いっきり体を動かしたことも関係あるんだろうな。充実感というかなんというか......『俺、いま生きてるな』って実感した」
隣の世愛は少し驚いたような表情を浮かべ、
「......そっか」
短く一言、慈しむような声音で頷いた。
「楽しそうな職場で良かったね」
「だな。まぁ、一人初日から距離感のおかしい先輩はいるがな」
「明日かすみに伝えておくね」
「......今日の夕飯、世愛の大好きな生姜焼きにするから許せ」
「冗談だよ。でも、せっかくだから生姜焼きだけはいただこうかな」
街灯の少ない小道。
珍しく夜空に浮かぶいくつもの星たちの輝きのおかげで、世愛がにへらと微笑んだ瞬間がはっきりと俺の眼差しに映った。
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