第5話【買い出し】
週末。
金曜日の夕方だけあって店内はそれなりに混み合っていた。
昨日、
「ねぇ風間さん、どう? 似合う?」
「はいはい似合ってる似合ってる」
「もう、真剣に選んでよ」
「ていうかなんでお前が自分の選んでんだ。俺のを買いに来たんだろうが」
衣料品売り場にやってくるなり世愛の奴、まるで面倒くさい彼女ムーブを発動させて次々にスウェットを自分の体に当てて見せてきやがる。
「風間さんが私のパパになった記念に私も買っちゃおうかなって。もちろん自分の財布からだから心配しないで」
「そんな心配は一ミリもしてねぇ」
「風間さんがいま使おうとしてるお金、もとは言えば私の物なんだけどなー。もう忘れちゃった?」
「......これなんかどうだ? 夜もそこそこ冷えるようになってきたから、先を見越して厚めの生地の方がいいだろ」
一度貰ったものを返すつもりはないが、早速今後の友好関係に亀裂が入るのは好ましくないので、ここはある程度誠意は示しておいた方が身のためだ。
こちらの意図を
「へー、結構シンプルなデザインのを選んだね。てっきりもっとフリフリが付いたのを選んでくると予想してたのに」
「そういうのも悪くはないかなと思ったんだが、お前は元が綺麗だから変に装飾品が付いたものより、こういったどこにでもありそうなスウェットの方が素材を活かせるんじゃないかって」
お世辞抜きで世愛はそこら辺のJKより美人でスタイルも良い。そのうえ背も女子にしては高身長。
基本何着ても卒なく着こなしてしまうだろうが、どうせいつも視界に入るならおとなしいデザインの方が父親役としてはいろいろ助かる。
「素材......私、風間さんに料理されちゃうの?」
「店内での淫らな発言はやめろ」
「冗談だって」
「じゃあこれにするね」
「嫌なら別に無理に買わなくていいぞ」
「全然。初めて風間さんに選んでもらったものだし、大切にするね」
目を細めて大事そうに抱える仕草に、不覚にもちょっとドキっとしてしまった。
「おやー? ひょっとして風間さんはスウェットじゃなくて下着がご所望だった?」
「バカ言え。ガキの下着の色なんかに興味あるか」
「ですよねー」
他人の目から見て、俺たちのこのやり取りはどう考えても親子の会話には聴こえないだろうが、こんなもんで世愛の奴が満足しているのか疑問だ。
俺は子供の頃から父親とあまり一緒に過ごしてこなかったので、どうも父と子の会話というものがよくわからん。
世愛の部屋着を選び終えると、次はようやく俺の部屋着を選ぶ番になったわけだが......例によってこれも面倒くさい彼女ムーブ的なものが発動したのはお約束ということで。
***
「ねぇ風間さん、帰る前に記念にさ、一緒にプリクラ撮ろうよ」
部屋着と必要な日用品、目当ての掃除機も無事に購入し、そろそろ店内を出ようというところで世愛が出口横に設置された機械を指さした。
「また記念かよ。第一荷物はどうすんだ?」
「そんなのその辺に置いておけば大丈夫だから」
「まぁお前が撮りたいなら俺は構わないが......」
「どうしたの?」
「ん、いや、どうせならひげを剃った姿で撮りたかったなって」
四日前にこっそり前の家に戻った際、回収した電気シェーバーはタイミング悪く一度使っただけで壊れてしまった。
それ以来ひげを剃っていないので、俺の頬から顎にかけて無精ひげが放置されたままになっている。手を当てればジョリジョリと野生のひげの音が。
「なんだそんなことか。だったら今トイレで剃ってきちゃえばいいんじゃない」
「公共のトイレでひげ剃り......おっさんじゃあるまいし、んな恥ずかしいマネできるか」
「ホームレス一歩手前まで行ったおじさんが何言ってるの。いいからほら、早く剃ってくる」
買い物袋からいま買ったばかりの電気シェーバーを取り出し、世愛は俺の手に無理矢理渡すと
設定上俺の娘なんだけど、立場としては雇い主でもあるから下手に逆らえないんだよな――。
数分後。
「......思ってたとおり、風間さんはひげが無いほうが似合うね」
他の利用客たちからの刺さる視線を気にしながらトイレでひげを剃ってきた俺に、世愛は優しく微笑んだ。
「そりゃどうも。店も混んできたことだし、さっさと撮って帰るぞ」
「オッケー」
先にカーテンをくぐった世愛はコイン投入口に500円玉を入れた。
え、今のプリクラってそんなするのか!?
不況の波がこんなところにまで来ていることに少々驚きつつ世愛の横に並んだ。
「風間さん、もっとくっつかないとフレームい入らないよ」
「...わかってる」
世愛の髪からは柑橘系の甘くいい匂いが香り、嫌でも昨日の公園での出会いを思い出して心拍数が上がってしまう。
動揺するのが顔に現れないよう最善の注意を払って撮った結果、俺の表情は証明写真のような不愛想なものに。
「ふふ、風間さん凄い仏頂面」
「うるせ。お前こそ横ピース以外に何か良いポーズなかったのかよ」
出来上がったプリクラを目にしてそれぞれの感想を口にする。
そういや女とこうしてプリクラなんて撮ったのは高校の時以来かもな。
もしもあの時の俺に声をかけられるなら、そこがお前の人生絶頂期だから悔いの無いように遊んでおけと伝えておきたい。
「それじゃそろそろ帰ろうか」
「...だな」
いまさら後悔しても仕方がない。
とりあえず今はこの生活に慣れることから始めよう。先のこと? ――んなもん、知るか。
掃除機の入った箱を世愛に持たせて俺は買い物袋を全て手に取り、過去を振り返らないようにプリクラの機械に背を向け店の出口を通り抜けた。
「――そういえば私のスウェット、薄紫色だったのは、やっぱり昨日私が付けてた下着と同じ色だから?」
「いい加減その話題から離れろ」
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