第42話【三者面談】
一月下旬。三者面談当日。
かすみから話しには聞いていたが、
生徒たちの雰囲気も明らかに一般の高校生とは違う。
すれ違う度、こちらに向かって一人一人が気品溢れる笑顔で挨拶をしてくれる。
女子高独特? な、あまりに丁寧な対応に背中がムズムズする感覚に襲われ、どうにも落ち着かない。
世愛が隣にいなかったら、間違いなく不審者に見えるだろうなぁ......。
「そんな緊張しなくてもいいのに」
前で先導する世愛は俺の方を振り返ると、クスリと笑顔を浮かべた。
「無茶言うな。ここは女子高だぞ? 一生に一度、男が入れるかどうかもわからないような聖域だぞ? 緊張するなって言う方が無理あるだろ」
「風間さん、女子高に対して偏見持ちすぎ。別に普通の学校と何ら変わらないと思うよ」
世愛にとっては慣れた景色かもしれないが、見渡す限り女子高生しかいない空間というのは、男の俺にとっては刺激が強すぎる。しかもこの校舎の匂い――俺の通っていた高校は、こんな甘く爽やか匂いなんて一切しなかったぞ?
これから保護者の代わりを務めなければいけないというのに、シンプルな”性欲”が湧き
上がってしまう。
「あら?
待合室代わりの教室に到着し、世愛の席の横に腰を下ろすと、二人の女の子がやってきた。
「はじめまして。世愛の叔父の風間と申します。いつも世愛がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ......」
前職の癖で思わず立ち上がり、女子高生相手に営業口調で自己紹介してしまった。
「私、世愛さんのクラスメイトの
「......あ、同じく
新見さんという子は髪の長さこそ世愛に近いが、顔つきは凛々しく背も高くスラっとしている。なんとなくだが、同姓にモテそうな雰囲気。
もう一人、立花さんの方は背が小さくてどことなく小動物っぽい。童顔・ボブカットの組み合わせが年齢をさらに下に見せ、中学生と勘違いさせてしまうほどの幼い容姿。
彼女は何かあったのか、気持ち暗い顔をしているようにとれる。
「立花さんたちはもう終わったんだっけ?」
「うん。私たちは最初の方だったからさ。親はもう帰ったけど」
「......」
「こらアッキー、露骨にそんな残念そうな顔しない」
「へ!? やだ、私ったら......大変失礼しました」
何故か立花さんは俺に対してペコリと頭を下げた。
俺――この子に何か変なことでもしちゃったかな?
「風間さんは普段、どんなお仕事をされているんですか?」
「普段は医療関係の営業をね」
「凄いじゃないですか! 誰かの命を救うことに繋がる重要なお仕事――尊敬しちゃいます」
「ちょっ、大袈裟だよ」
純粋に誉められると胸が痛い。
さすがに保護者代わりを務める人間が『フリーターです』とは、口が裂けても言えなかった。場の空気が一瞬にして凍ってしまう。
俺の気持ちを知ってか知らずか、隣で見つめる世愛の目が笑っている。
「三上さ......世愛ちゃんの叔父なんですよね?」
「ああ」
「世愛ちゃんは学校の外だとどんな感じなんですか? 私たち、学校以外での世愛ちゃんのこと知らなくて」
新見さん、随分とグイグイ訊いてくる子だな。
どこかの積極性とお節介の塊、金髪お団子ギャルJKを彷彿とさせる。
「優しい子だよ。俺が困っていると何も訊かずに助けてくれたり、自分よりも他人のことを優先したりして」
「やっぱりそうなんですね。世愛ちゃん、学校では一人でいることが多いからみんな勘違いしてますけど、実はクラスの中で一番優しいんですよ」
保護者とクラスメイトの褒め合いに、世愛は顔を背け照れている。
肩はぷるぷると震え、横顔でも顔が真っ赤になっていることが確認できる。
「新見さんわかってるね。今度家に遊びにきなよ」
「え? いいですか!?」
「もちろん。世愛のやつ、普段はクールを気取ってるけど、意外と――」
「風間さん! 待合室では静かにしてないとダメなんだからね!」
現状に我慢できなくなった世愛が声をあげて俺を叱った。
「風間さん、意外となんですか?」
「新見さんも新見さんだよ! 用が無くなったら早く帰る!」
「「すいません」」
「......三上さんが一番騒いでますよ?」
立花さんの冷静な一言をきっかけに、教室内にいた他の生徒と保護者から一斉に笑い声が漏れた。
暫く四人での歓談が続き、空に夕焼けの
気付けば、待合室は俺と世愛を残して誰もいない。
立花さんと新見さんたちと話していたおかげで、かなりリラックスはできた。
.......とはいえ二人が帰った途端、時間が経過するにつれて徐々に収まったはずの緊張が再び息を吹き返してきた。
「世愛」
気を紛らわせるため、俺は世愛に声をかけた。
「どうしたの?」
「お前、学校にも友達いたんだな」
「......風間さん。今までお世話になりました」
「冗談だよ。落ち着け」
こいつにに真顔で言われるとビビる。
「風間さん」
「あ?」
「そのスーツ姿、似合ってるよ」
「うるせぇ」
スマホをいじる手を止め、今度は世愛が俺をからかってきた。
放課後。
二人っきりの教室。
夕焼けを照明代わりに他愛もない会話をしていると、俺まで学生に戻った気分になる。
――俺と世愛が学生時代に出会っていたら、いったいどんな風になっていただろうか?
ふと、そんな”もしも”が頭に浮かんだ時だった。
前の組の親子が待合室に戻ってきた。
最後の組、ようやく俺たちの番だ。
「それじゃあ風間さん、行こうか」
「おう」
気合を入れるように席を立ち、二人で面談場所の生活指導室に向かう。
三者面談自体は、思ったよりもスムーズに流れて行った。
初老の男性担任教師が手元の資料等を見ながら、俺に世愛の学校での成績、生活態度を説明する。
本人の口から聞いていた通り、世愛の成績は極めて優秀。
生活態度も特に問題は無いという。
そして話は進路の話題になったところで、教師は思わぬ言葉を口にした。
「三上世愛さん。キミ......留学に興味はないかね?」
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