第7話【寝床】

「布団、もう届いたんだ。早いね」

「即日発送を利用したからな」


 ある日の夜。

 珍しく少し早めに夕食を済ませ洗い物をしていると、リビングのソファで横になっている世愛せなが声をかけてきた。


 ディスカウントショップで買うのも悪くはないのだが、持ち帰りが面倒なのでここはネット通販を利用させてもらった。


「風間さんはもう寝てみたの?」

「いいや、まだだが」

「じゃあ私が先に寝心地を試してみるね」

「おいコラ待て小娘」


 起き上がり、さも当然みたいな流れで寝具一式が入ったダンボールを開けようとする世愛。


「私、なにか変なこと言った?」

「買った本人を差し置いて試そうなんざ、良い根性してるじゃねぇか」

「風間さん忘れちゃった? 風間さんの物は――」

「私の物って言いたいんだろ。いい加減覚えたわ」


 雇い主の横暴はいまに始まったものではない。


「大丈夫。風間さんが夜、この部屋に一人でも寂しくないように私の匂いを沢山つけてあげるね」

「お前はマーキングする犬・猫か」

「......いくら私でも、さすがにおしっこはかけないよ?」

「当たり前だ! ものの例えだ、本気にすんなバカ!」


 世愛は破顔してケラケラ笑った。

 ホント、こいつと話しているとなんか調子が狂うな。だからと言ってそれが苦痛というわけでは全然ないんだが。

 

「いいから早くさっさとテスト勉強でもしてろ。明日からなんだろ?」

「その必要はないよ」

「なんで?」

「だって学校の授業だけで充分だし」

「んなわきゃねぇだろ」

「私、昔からテスト勉強なんてやったことないんだよね。一度見たものは完全に記憶できるタイプみたいでさ。」


 話しには聞いたことあるが、絶対記憶力というやつだろうか? だとしたら羨ましい限りだ。


「なら風呂にでも入ってこい。お前が入らないと俺はいつまで経っても入れねぇんだから」

「はーい」


 世愛は俺に促されるや、面倒くさそうな表情でバスルームへと向かった。


 それから約一時間半後。 


「――コイツ、やっぱり人の話聞いてなかったな」


 リビングの一画には今日届いたばかりの寝具一式が敷かれ、その中でスウェット姿のJKがスヤスヤと寝息を立てている。

 本日の家事を一通り終え、人が湯舟に浸かって今日の疲れをリフレッシュして戻ってきたらコレだよ......。


「穏やかな寝顔しやがって......これじゃ起こすに起こせねぇじゃなぇか」


 眠りについている世愛を横目に、俺は冷蔵庫からキンキンに冷えた炭酸水のペットボトルを取り出した。

 この部屋に住み始めてから、俺はまだ一度も酒を口にしたことがない。

 さすがに未成年の部屋で飲酒は抵抗があるし、そこまでして俺も飲みたいという気持ちにならないからだ。

 

「普段は何考えてるかわからない雇い主様も、寝ている時ばかりはやっぱり子供の顔だな」


 世愛の目鼻立ちが整った顔をおかずに、炭酸水をちびちびと体内に流し込んでいく。 

 強炭酸の刺激が火照った体をクールダウンさせ、口の中いっぱいに炭酸の泡が広がる。


 これまで世愛は、俺に過去の話どころか、素性すら訊いてくることはほとんどなかった。

 興味が無いのか気を遣っているのか謎だが、それが俺はたまらなくありがたかった。

 世愛が俺に過去のことを訊かないように、俺も世愛の過去については敢えてその話題に触れないように接している。

 俺がこの部屋で一緒に住み始めてからはパパ活はしていないようだが......こんな高級マンションにその年で一人暮らしをしている事情には、何か闇を感じずにはいられなかった。

 案外、コイツと俺は似た物同士なのかもしれないな......なんて、勝手に同族扱いしたら恩人に対して失礼か。


「ったく、しょうがねぇな......今日だけはその布団譲ってやるよ」


 と言っても俺が代わりに世愛のベッドで寝るわけにもいかないので、今晩も腰痛持ちには辛いソファでの睡眠が確定したのであった。


 ***


 翌朝。

 いつもより気持ち清々しい表情で目覚めた世愛は、


『風間さんのおかげで昨日はぐっすり眠れたよ。これなら今日のテストは全部満点取れるかもね』


 と言い残して学校に向かった。

 正確には俺ではなく布団のおかげなんだがな。

 腰の痛みと引き換えに世愛の成績が良くなるならそれも悪くはない......のか?

 とりあえず今日からは買った本人である俺が何が何でも使わせてもらおう。


 朝食の片づけをし、部屋中の掃除を終えた頃には、リビングの壁に掛けられた時計は午前11時過ぎを指していた。

 テスト期間中は帰りの早い世愛がもうすぐ帰って来る時間だ。

 のんびり昼の情報番組を見る余裕もなさそうなので、俺は急いで昼食の準備を始めようとカウンターキッチン内に入ろうとした――その時だった。


 ピンポーン


 ん? 世愛のやつ、なんでわざわざ部屋のインターホンなんか鳴らすんだ?


 このマンションはオートロック機能が完備されていて、当然家主の世愛はマンション入り口用のカードキーと部屋のカギを持っている。

 内鍵こそ付いているが、世愛が帰ってきたことに俺が気付かないこともあるため、普段ロックはしていない。

 よって鳴らす意味がよくわからないが......あまり待たせすぎるのも悪いので、俺は少し不審に思いながらも玄関に向かい、ドアを開けた。


 その先にいたのは――スーツ姿で、金色寄りの栗毛色が特徴的なショートボブの女性――。

 とても見覚えのある容姿を見た瞬間、俺は心臓の鼓動が大きく跳ね、全身から汗が噴き出すのを知覚した。

 ――間違いない。そこにいたのは俺の元カノにして元同棲相手――奏緒かなおだった――。 


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