第12話【混入】
単刀直入に言って、風邪を引いてしまった。
「はっ......くしゅっ!」
「ほら風間さん、新しいティッシュ置いとくね」
「ああ、すま......ぶしゅっ!」
リビングに敷いた布団の中、仰向けで寝ている俺は
ここにきて気が緩んでしたまったのか、それとも寒暖差疲労によるものかはわからない。
数日前から微妙に体がダルいのは自覚していたが、まさか寝込むまでこじらすとはな。
「病院、行かなくて平気?」
「そこまで重症じゃねぇから安心しろ。薬も効いてきたみたいだし、寝てりゃ明日の朝にはある程度治るだろ。問題は――」
布団から起き上がって冷蔵庫の中を覗く。こういう時に限って冷凍食品やレトルトのような、誰でも手軽かつ簡単に作れるものを切らしていた。
残っているのは野菜数種と冷凍の肉類のみ。
こんなことならスマホで世愛に帰り際、夕飯の買い出しをお願いすれば良かったと反省している。
「見事に食材しかないね」
「今日も作る気でいたからな」
世愛には学校から帰ってきたばかりで申し訳ないが、近所のコンビニかスーパーで夕飯の買い出しをお願いしよう、とした――その時だった。
「しょうがないな、今日は私が風間さんの代わりに夕飯を作ってあげるよ」
「......正気か、お前?」
その言葉に思わず俺の肩がぞくりと震えた。
「だって風間さんができるなら娘の私にもできるはずだし。それにわからない部分はスマホで検索するから問題ないと思う」
言うまでもなく俺と世愛に血の繋がりは一切ない。よってその理屈は成立しない。
しかし、いくら不器用な世愛でも動画を見ながら作ればどうにかなる......はず。
「......なら、家事をやったことがない人間でもなんとかなるか......」
「任せといてよ。風間さんの病気があっという間に直っちゃうくらいの、最高に美味しい手料理を作ってあげるからさ」
「隠し味とか絶対余計なことはするなよ?」
「しないって。だから出来上がるまでもうひと眠りしてなさい」
できることなら横に立って監視したいところだが、残念ながらいまの俺にそんな体力の余裕はない。
とりあえず世愛には中華がゆを作るようお願いした。
幸い作り方の動画もSNS上で見つけ、その手順どおり調理するように指示。
材料の準備が終わったのを見届けた俺は、突然の眠気に襲われてしまい、世愛の言葉に甘えてもうひと眠りについた。
***
「世愛、一つ訊いていいか?」
「なに?」
リビングに漂うなんともいえない臭いで、俺は目を覚ました。
「これは中華がゆと認識していいんだよな?」
「風間さん、ひょっとして目まで病気で悪くなっちゃった? 誰がどう見たってそれ以外の何物でもないでしょ」
テーブルの上、土鍋の中いっぱいに入った中華がゆを前に、俺はいまから作った本人に対し残酷なことを言わなければならない。
「――あのな世愛、普通は中華がゆからオレンジの匂いなんかしないんだよ」
「おかしいな......私、動画の通りに作ったし、なにも変なことしてないと思うけど」
匂いの原因については大方検討がついているが、まさかこんな身近で都市伝説級のミスにお目にかかるとは。人生、何があるかわからない。
「お前さ、米を洗剤で洗ったろ?」
「え、ダメなの?」
「ダメに決まってんだろうが! どこの世界に口の中に入れるものを洗剤で洗う人間がいんだよ!?」
「だってこれ見てよ」
声を荒げる俺に、世愛は自分のスマホの画面を見せてくる。
そこには米や野菜等を洗剤で洗っている人の動画が流れていたが、どう見ても俺たちとは人種が違う。
そういえば海外の一部の国では、安全のために食材を専用の洗剤で洗っている国があると聞いたことがあったな。
「風間さんの病気が悪化するといけないから念入りに洗おうと思って検索してたら、真っ先にこれが出てきたの」
「気持ちは有り難いんだが、俺たちが住んでいるこの国では基本水洗いだけで充分だから」
「そうなんだ」
世愛はぽかんと口を開けたまま何度も頷き、
「じゃあ、やっぱりこれは捨てないとダメか」
残念そうに中華がゆを下げようとしたので、俺は世愛の腕を掴んで引き留めた。
「......いや、いいよ。せっかくだから全部俺が食ってやる」
「そんな無理しなくても」
「やり方はどうあれ、病気の俺のためを思って作ってくれたんだから。簡単に捨てたらそれこそバチが当たっちまう」
「文句言わずに最初から黙って食べればいいのに」
「うるせぇ」
鼻の頭を指で触りながら、世愛は顔を背けた。
彼女を悲しませたくないという一心でつい食べると言ってしまった俺だが、それが大きな間違いだったことをすぐさま思い知らされることとなる。
茶碗によそわれた中華がゆを一口入れた瞬間、口の中を洗剤の味と油の波が一気に駆け巡った。
身体が本能的に生命の危険を感じ取ったのか、俺はすくと立ち上がり猛ダッシュでトイレに直行。
「......風間さん、今度から直接私に料理、教えてくれない?」
体内に侵入しようとした危険物をひとしきり出し切ってトイレから出ると、ドアの前で待っていた世愛が申し訳なさ気にそう告げてきた。
当然、俺の命にも関わってくる案件なので考えるまでもなく。
「......ああ、こちらこそよろしく頼む」
一刻も早く口の中をゆすぎたい気持ちを抑え、今の俺なりに言葉少なくはあるが精いっぱい世愛をフォローした。
結局、この日の夕飯は世愛にウーバーイーツをお願いしてなんとか事なきをえたんだが
......俺はしばらくの間、中華がゆがトラウマになってしまったのは言うまでもあるまい。
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