第43話【留学】
「
担任教師の口から発せられた思いもよらない言葉に、俺の頭は真っ白になった。
隣にいる世愛本人も同様らしく、何を言われたのかよくわからないといった表情を浮かべている。
「突然こんなことを言って驚かせてしまって申し訳ない。実は――」
事情をよく呑み込めていない俺たちに、担任教師が順を追って説明を始めた。
この学校には留学制度というものがあり、毎年二年生の学年成績ナンバー1の生徒にその権利が与えられる。
世愛は学年成績自体は第3位なのだが、上の二人が留学を辞退した為に話が回ってきたらしい。
留学先はイギリス・ロンドンにあるという、この学校の姉妹校。
留学期間は1年。
エスカレーター式なので、帰国後はそのままこちらの付属の大学に進学できるという。
「どうだね? キミにとって決して悪い話ではないと思うんだが」
「......はぁ」
気の抜けた返事を担任教師に返す世愛。
「すみません。ちょっと急なお話しで本人驚いでいるみたいでして」
「もちろん、返事は今すぐ出さなくて大丈夫です。保護者の方とゆっくり相談してから、その上で返事を聞かせてほしい。三上さんの大事な将来に関わることだからね」
穏やかな表情で、担任教師は俺たちに告げた。
考える猶予は二週間。
できればなるべく早めに返事を聞かせてほしいとのこと。
そのあとの会話は――正直何を話したのかあまりよく覚えていない。
***
夕焼けの
三者面談を終え校舎を出ると、夕方の世界とはまた別の顔を見せていた。
所々まだ灯りが点いていても、夜の暗い校舎というのは、いくつになっても怖さを感じるものだ。
その存在を背中にし、俺と世愛は最寄駅に向かって歩き始めた。
お互い、ここまでの会話は極最低限のやり取りのみ。
突然の留学話に、俺だけでなく、世愛もどう会話を切り出していいかわからない状態。
「......ビックリしたね」
「......だな」
小さなため息一つ吐き出し、苦笑いを浮かべながら世愛が口を開いた。
「留学なんて凄いじゃないか」
「......全然凄くないよ。ただおこぼれの話が私のところにやって来ただけ」
「だとしてもお前は学年3位なんだろ。もっと胸を張れよ」
「うん......」
俺の言葉にもはっきりしない態度を示し、言葉を濁す。
そりゃあ、誰だって突然『留学してみないか?』って言われたら混乱するだろう。
「――風間さんは、私が留学してもいいの?」
沈黙が続いたあと、世愛は立ち止まり、訴えかけるような視線を向けて俺に投げかけた。
「それは.........お前がしたいなら、するべきだと思う」
我ながらズルいと思った。
本心では世愛に留学に行ってほしくない。
世愛が留学に行くことは、
俺たちを取り巻くいろいろな問題も解決し、ようやく手に入れた幸せな日常を、俺は簡単に手放したくはなかった。
「風間さんの住む場所が、無くなっちゃうのに?」
「んなもん心配すんな。もう世愛と出会ったばかりの頃と違って、いまの俺には金がある。だから俺のことなんか気にしないで選んでほしい」
世愛が留学を選ぶことはないと勝手に決めつけて、カッコつける自分が痛々しい。
「......そっか」
消えそうなほど小さな声に意思を乗せて、世愛は俯きながら呟いた。
俺は気付かないふりをし、視線を彷徨わせなんとか場をやり過ごそうとする。
――最低な大人だ、俺は。
「帰り、遅くなっちゃったね。夕飯どうするの?」
大きく伸びをしたあと、世愛は明るい声で俺に訊ねた。
「さすがに今日は疲れたからなぁ。たまにはどこかで食べて帰るか」
「ダーメ。家で風間さんの作る料理が食べたい」
「マジか」
「大マジです。強いて言えば、風間さんの作るハンバーグを所望します」
とてもこれから家に帰って料理などする気分になれなかったが、世愛の頼みを
「ったく、しょうがねぇな。今から帰って作るとなると結構遅い時間になると思うが、覚悟しとけよ?」
俺は世愛の希望を叶えることにした。
所詮、少しでも自分の罪悪感を薄めたいが故に引き受けたにすぎない。んなもん、わかってる。
「ありがとう。風間さんだーい好き!」
「おいこら! そんなにくっつくな!」
世愛は俺の腕に自分の腕を絡め、コアラみたいに抱き着いた状態で寄り添ってきた。
なにか無理をして明るく振る舞っている――まるで、出会ったばかりの頃のような、作り物の笑顔を浮かべて――。
これ以降、世愛は自分から留学の話しを口にすることは、一切なかった......。
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