第35話【輝】
「予想通り
「そうだな」
住宅街の奥、下手をすると地元民でも気付かない立地に存在する神社は人もまばら。
「......風間さん、さっきから私のこと全然見てくれないよね」
「んなことは、ねぇよ」
隣を並んで歩く世愛が不満そうに呟いた。
紺地に春の花々があしらわれた振袖を
長い髪を後頭部にまとめ、うなじがちらちらと見え隠れしてドキっとする。
――ガキ相手に何を興奮しているんだ、俺は!
「風間さん、娘としてではなく、雇い主として命じます。こっちを見なさい」
世愛は俺の顔を両手で挟み、そのままグイと自分の方へと向けた。
「......もう。ようやく見てくれた。感想、まだもらってないんですけど?」
店からここまでに来るまでの間、俺は一言も世愛の振り袖姿について感想を述べていない。
言い訳をさせてもらうと、思っていた以上に世愛が綺麗だったので、恥ずかしく言葉が出なかったのだ。
ここまで迫られては、さすがに感想を言わないわけにもいかない。
「.........綺麗だ」
意を決して出た言葉はコレだよ。
「......
俺が心の中で一人凹んでいると、世愛が何やら小さく呟いた。
「なんか言ったか?」
「ううん! なんでもない! ありがとね! 着物返さないといけないし、早くお参りしち
ゃおう!」
「だな」
他の参拝客が歩く地面の小石の音でかき消されてしまい、ほとんど何を呟いたのかわからなかった。
世愛は頬をほのかに朱に染めながら、俺の手を取り
***
「ねぇ、風間さんは何てお願いしたの?」
お参りを済ませ、境内にあるおみくじでも引こうかと思案していると、世愛が訊ねてきた。
まだ午後三時台だというのに陽は沈み始め、空は茜色に染まってきている。
神社周辺はただでさえ高い建物が多いため、境内は徐々に薄暗くなり、実際の時間より遅い時間帯に感じる。
「今年一年、健康でありますように――かな」
「何それ、おじいちゃんみたい」
「お前も俺くらいの年齢になれば嫌でも思うようになるさ」
鼻を鳴らして笑う世愛を、俺は横目で見つめた。
この数年で、健康というのは一度派手にぶっ壊れると、そう簡単には元に戻ってくれないということを酷く痛感した。
自律神経を病んだのは主に精神的ストレスが原因だと思われるが、同じくらい日々の不摂生にだって原因はあったと、いまなら断言できる。
禁煙の成功した今でこそ笑い話にできるが、いくらなんでも一日一箱は異常だ。
「そういうお前の方こそ、いったいどんなお願いをしてきたんだよ?」
「私? 私はね......将来のこと」
俺の隣を歩く世愛は、若干の溜めのあと、告げた。
「実を言うとね、私、最近まで将来のことなんか全く考えてなかったんだ。なんとなく付属の大学に進学して、なんとなく就職......そんな風にこれからも人生送ってくんだろうなぁって、漠然と思ってたの。でもこの前風間さんが私を助けてくれた時、『何やってんだ私』って、これまでの自分の人生がどうしようもなく惨めなふうに感じてきてさ......悲しかった」
俯き、消えてしまいそうなほど小さな声で言葉を続け、
「だから私に気付くきっかけを与えてくれた風間さんに、少しでも恩返しをしたい――で、答えは出たんだ」
「......何て?」
「もっと未来のことを真剣に考えて生きよう。風間さんと横に並んでも恥ずかしくない大人になろうってさ。新学期からは本気で勉強頑張るよ。具体的に将来どんな道に進みたいかなんてまだわからないけど、何もしないよりかはマシだから」
空を見上げ宣言する世愛は振り向き、俺の目を見据えて意思を言葉に乗せた。
「ちょっ!? 風間さん!?」
「......お前はえらいよ。俺なんかよりずっとしっかりしてる」
真っ直ぐ自分の気持ちを伝えてくれた世愛のことが
俺は思わず彼女の頭を優しく撫でた。
「俺も負けてらんねぇな。世愛の父親として相応しい男になれるよう、これからも家事にバイトに精進していくつもりだから、覚悟しとけよ?」
「うん! 今年もよろしくね! 風間さん!」
世愛はふわりとした笑顔を俺に見せた。
恩返しをしたい気持ちは俺だって同じだ。
あの夜、世愛に出会っていなければ今頃どうなっていたことか......。
元ヒモのダメな俺なんかとの共同生活が、世愛の人生にとって少しでも役に立ってくれた――それだけで救われた気がしたんだ。
「......ところで風間さん。着物代、結構高かったでしょ?」
「それを言うな。ようやく忘れかけてたのに」
「ふふ。この着物が風間さんからのお年玉ってことにしといてあげる」
着物のレンタル料って、予想以上にお高いのな......軽く諭吉が6枚も減ってしまい、財布の中身は寂しいを通り越して寒い。
まずは有料のおみくじより無料の甘酒だ!
ということで俺たちは一年の運気を占う前に、社務所で元日限定の甘酒無料サービスをいただいた。
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