第34話【正月】

 1月1日。元旦の朝。

 気持ちいつもよりほんの少し遅い朝食を、二人揃ってリビングでとっている。

 

「毎年思うんだけど、どうしてこの人たちはそこまでしてお参りしたいんだろうね」


 世愛せなはお雑煮を食べながら、テレビ画面に映った某有名神社のいま現在の様子を見てそうこぼした。

 人の長蛇の列が境内けいだいに収まりきらず、広い敷地の周辺を囲むほど列をなしている。

 まるで真夏のスパリゾートや海級、いやそれ以上の多さだ。


「一概には言えないが、大きくて有名な神社の方が効果があると思ってるんだろう」

「だとしても、年が変わってすぐに行かなくてもいいんじゃないかな。先着何名様限定でご利益があるわけでもないのに」


 ウチの娘のド正論を、寒空の中を長時間並んでいる連中に聞かせてやりたい。


「まぁ中には並ぶのが、雰囲気を味わうのが好きっていう物好きな人間もいるから。俺は嫌だけど」

「私も同じ。トイレに行きたくなったらどうするの」


 世愛の言う通り、これだけ人が多くてはトイレに行くだけでも苦労する。

 ただでさえ女性専用トイレは混みやすい。

 男性と違って最悪その辺でするわけにもいかないので、新年早々お漏らしというリスクだって付きまとう。


「世愛は友達と初詣に行かないのか?」


 俺は何気なく世愛に正月の予定を訊いてみた。

 バイトは大晦日から3日まで店が正月休み。

 学校は8日から新学期らしいので余裕は充分。 学生の特権だ。


「私、学校に友達と呼べる人間、誰もいないんだよね。いてもみんな正月は家族みんなと海外で過ごす子が多いみたいだから」


「マジか。ていうか、さらっとぼっち発言したな」


「ぼっちとはまた違うかな? あんまり学校の人とは深く付き合わないようにしてるだけ。いろいろと面倒くさいし。話相手が誰もいないわけじゃないから安心して」


 寝ぐせのついた頭で、世愛がふわりと微笑んだ。

 女子高、しかも俺でも知っているような名門お嬢様校に通う世愛。

 俺なんかが知りえない苦労がいろいろとあるんだろうなぁ......。

 クラスメイトの親たちみたいに豪華な家族サービスはできないが、何か父親らしいことをしてやりたい。


「......じゃあ俺と初詣、行くか?」


 俺から初詣に誘われるとは微塵も思っていなかったんだろう。

 世愛は目を丸くし、きょとんとした反応を示した。


「え? いいの? だって風間さん、人混みダメなんじゃ?」

「あんまり大きな神社は勘弁な。その辺の近所にある小さい神社とかだったら大して混まないだろ」


 家の近所に地元の人間しかお参りしなさそうな小さな神社があったのを、俺はつい最近になってから知った。  

 そこなら、目の前で中継の様子が映し出されている神社と違い、大して並ばず手軽にお参りできるはず。


「私もあんまり人混みは好きじゃなから、むしろその方がいいかな。あ、でも私、着物持ってないんだっけ」

「んなもん着ていかなくても問題無いだろ」


「そういうわけにはいかないよ。せっかく風間さんと初詣行くんだったら、どうせならきちんとした格好でお参りしたいし」


「その定義で行くと、俺ははかまを着ないといけないことになるんだが」

「風間さんはいつものダサい服装でいいよ」

「ダサいは余計だ」


 年が明けても父親をディスる余計な一言は忘れない世愛。

 にへらとした笑みを浮かべている。


「かすみがいたら着物借りられたかもしれないのに。残念」


 話題に上ったかすみはというと、親戚の集まりがあるとかで、いまは家族全員で親の実家がある長野に帰省中。

 下町育ちのかすみなら着物の一着や二着持っててもおかしくはないが、タイミングが悪かった。


「......要するに世愛は、着物が着られれば満足するんだよな?」

「まさか風間さん、着物持ってるの?」

「んなわけあるか!」


 俺はテーブルの上に置かれたスマホを手に取り検索を開始。


「元旦、しかも当日だから空いてるかわからんが、方法はないこともないぞ」


 検索を終えた俺のスマホを世愛は受け取り、まじまじと見た。

 

「着物のレンタル?」


「昔、奏緒かなおの奴が利用してたのを思い出したんだ。家から若干距離はあるけど、ここなら――お、良かったな。正月も休まず営業してるってよ」


 ネットの予約ページに飛ぶと意外にも空きが多く、早い時間だと今日の13時に予約が取れる。

 成人式ならまだしも、初詣で利用する人間はそれほどいないということか。


「......奏緒さん綺麗だった?」

「いきなり何聞くんだよ」

「いいから答えなさい」


 世愛がジト目で有無を言わさない圧を俺に浴びせる。


「.........そりゃあな。で、どうする? 今からなら13時に予約取れ――」

「行きます。私に着物を着させてください」

「――あ、はい」


 被せ気味に返事をする世愛に圧倒され、つい俺まで敬語になってしまった。

 意味がわからん。

 奏緒の話をした途端、さらに着物への執着が増した世愛に首を傾げながら、俺は手元のスマホから無事に予約を申し込んだ。

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