第36話【再会】

 1月4日。

 バイト先のスーパーは今日から仕事始め。

 とはいうものの、世間はまだまだ正月気分。

 テーマーパーク等の遊戯施設ならいざ知らず、正月の朝からスーパーに来店する客はほとんどいない。


「ありがとよ兄ちゃん。これで全部かい?」

「はい。全て運び終わりました」


 駐車場に停めてある一台のワンボックスカー。

 その荷室には缶ビールやら日本酒がケースで天井ギリギリまで積まれている。

 なんでも今日は町内会の新年会があるそうで、そこで使用する酒類に飲料・つまみ等を受け取りに来た。


「話には伺っていましたが、凄い量ですね」

「そうかい? 昔はもっと多かったんだけどな。年々参加者が減ってきてるせいか、今じゃ全盛期の量の半分にも満たないよ」


 寂しそうな口調で語るのは、町内会の使いでやってきた50代くらいと思われる中年の男性。

 店長曰く、ありがたいことに昔から毎年ウチの店で注文をしてくれる貴重なお客様だとか。

 大きな店舗、チェーン店ほどなかなか融通が効かなかったりする場合が多いが、その点ウチは問題無い。地場スーパーの大きな強みと言える。


「ミヤちゃんによろしく言っといてよ。近々一緒に飲もうって」

「わかりました」


 そう言って男性はワンボックスカーに乗り込み、ゆっくりとしたスピードで駐車場をあとにした。

 ちなみにミヤちゃんというのは、酒売り場担当の社員の名前。

 正月は毎年七日まで奥さんと一緒に温泉地に宿泊しているらしく、その間は俺が酒売り場の担当責任者を務める。いいご身分だな、おい。


「風間氏お疲れー」


 車を見送った俺の後ろから、世愛せなとかすみがやってきた。


「二人供、手伝ってくれてありがとな」

「いいってことよ。どうせ暇だしー」

「うん。それに新年早々、風間さんが腰やったら誰がご飯作るの?」

「お前が作れ、お前が」 

「冗談だよ。看病してあげるから、いつでも安心してギックリしてね」

「年が変わっても二人の夫婦漫才っぷりは変わらず......いいねぇ。山田君! 座布団一枚持ってきて!」

「お前も本当にJKか」


 暇でのんびりとした今だからこそできる会話を、俺たちは店の駐車場で繰り広げる。

 しかし、いつまでも三人一緒に外でだべっていてはさすがに社員に文句を言われそうだ。

 キリのいいところで店内に引き上げようとした――その時だった。


 ――くぃ。


 俺のジーパンの右膝辺りを、何者かが小さく引っ張った。

 気になって視線を下へと落としてみると――そこには幼女が一人、つぶらな瞳で俺を見上げていた。


「......ぱぱ?」


 幼女の問いかけに、俺は全身が硬直し、頭の中は疑問符で埋まった。

 

「うわー! やっぱりぱぱだー! おかえりー! どうしてこんなところにいるのー?」


 俺の右脚に抱き着いた幼女は、歓喜の声を上げて喜んだ。

 状況が呑み込めない俺に対し、世愛とかすみはというと――二人とも同じく、お互い目を合わせ驚いた表情を見せてから、


「......風間さん、子供いたんだね。残念だよ」

「世愛ちゃんという人がいながら............風間氏サイテー。女の敵」

「んなわけあるか! 俺は未婚だ!」


 まるで汚い物でも見るかのような軽蔑の視線を向け罵詈雑言を放つ。

 おそらくこの幼女は壮大な勘違いをしている。

 見たところ周辺に幼女の保護者と思わしき人物は見当たらない。迷子だろうか?


「どうしたの? キミひとり? パパとママはどうしたの?」

「......ぷぷっ」

「何笑ってんだよ」


 幼女の背丈に合わせてしゃがむ俺を、先ほどまでジト目で見ていたかすみが破顔して声を漏らした。


「いや、その顔で子供の扱い上手いとかギャップありすぎでしょーよ。やっぱその子、風間氏の隠し子なんじゃ?」

奏緒かなおさんに通報しなきゃ......」

「やめろ! これ以上話をややこしくするな! ていうかお前、奏緒の連絡先知らないだろ!」

「ぱぱー、めぐるのことわすれちゃったのー?」


 どさくさに紛れて人をディスるかすみ。

 何故か虚ろな目でスマホを操作しようとする世愛。

 俺たちのやり取りなどわからず、不安な表情で見つめる幼女。


 ――平和な正月、どこ行った!?

 

「めぐる!? ダメじゃない! 一人で勝手にどこかに行っちゃ!」


 一転、窮地に陥っていた俺を救うように、幼女の母親らしき女性がこちらに駆け寄ってきた。

 エコバッグを肩に掛け、やってきた方向から察するに、どうやら買い物中に見失ったようだ。


「ままー! ぱぱがかえってきたよー!」

「めぐる、この人はパパじゃないの。パパはまだお船の上にいるのよ」

「ちがうもん! ぱぱがかえってきたんだもん!」


 母親がやってきても未だに幼女は俺の右脚から離れようとしない。

 幼女の鼻水がジーパンにこびりつき、小さな染みを作る。

 困惑する母親だったが、俺の顔を一目見るや、突然凝視し始めた。


「.........ひょっとして、まーくん?」


 ――まーくん。


 過去に俺のことをそう呼ぶ女性は、ただの一人しかいない。

 記憶の中にあるイメージと比べてかなり大人っぽくはなっているが――よく見れば、顔立ちは当時の面影を残している。


 ......間違いない。

 彼女は俺の幼馴染、『あやねぇ』だ。


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