第53話【懺悔】
ところどころ
それだけで、ここが
「ここって、まさか......」
「うん......私とお父さんが、最後に遊びに来た遊園地。今はもうやってないんだけどね。少し前に潰れちゃったみたい」
確かに、門の
横に併設されている窓口の中は当然無人で、カーテンが閉められている。
その僅かに空いた隙間から、荷物が大量に放置されている様子が見え、今は物置として利用されていることを窺えた。
「それじゃあ、中に入ろうか」
「おいおい! いいのかよ? いくら閉園してるとはいえ、防犯システムくらいは働いてるはずだろ」
「大丈夫。それは前に来た時に確認済み。入り口の鍵も壊れてるから簡単に入れるよ」
「そういう問題じゃ......ったく」
俺の言うことなどお構いなく、世愛が門を右に押すと、簡単に人が一人通るには充分の道が開く。
世愛の言うとおり、防犯システムが作動していれば警報が鳴るはず。だが、それらしき反応は一切聴こえてこない。
これって明らかに不法侵入だよな......。
しかし世愛を一人放っておくわけにもいかないので、俺には渋々彼女の後をついて行く以外、行動の選択肢は存在しなかった。
閉園し、俺たち以外人の気配が全く感じらない園内は静まり返っていた。
一応防犯のためなのか、照明自体は最小限点灯されている。
にしても寒さと時折吹く北風が、誰も人のいない夕方の遊園地という、異質な空間にいる怖さを逆撫でする。
「お父さんが言うには、小さい頃に私、一度だけここに来たことあったんだって」
一つ一つの景色を確認するかのように、まるであの日のことを思い出しながら語り始める世愛。
「でもさ、その時のこと全然覚えないの。当然だよね、だって私が物心つくより全然前の話なんだからさ」
俺は何も言葉を発さず、ただ彼女の好きなようにさせ、後をついて行く。
「まず最初にコーヒーカップに乗って、その次はメリーゴーランド......定番のジェットコースターにも乗ったなぁ」
園内を歩く中、視線の先に映ったそれらは、今はもう動きを止め眠っている。
「お化け屋敷にも入ったんだけど、お互い幽霊とか全く信じないタチだから全然驚かなくて。お化け役の人の困惑した顔、今でも忘れないよ」
鼻を鳴らして笑う世愛。
お化け屋敷だったと思われる小屋は看板がずり落ち、外装は中の鉄骨が一部剥き出しになりボロボロ。形を維持するのがやっとの様子で、いつ崩壊してもおかしくない。
「ある程度回り終わって、私とお父さんはここで昼食をとったの」
やってきたのはフードコート。
売店は全てシャッターが閉まり、手入れされず
「お父さん、昔から凄い小食なの。自分が食べるより、人が食べてる姿を見ている方がお腹が膨れるとか。変な人でしょ? だからあの日も、自分はアイスコーヒーを飲んでいるだけで、私がハンバーガーを食べる様子をずっと眺めてたの」
世愛はテーブルの上にそっと手を添え、誰も座っていないイスへと、優しい眼差しを向ける。
「――そこでお父さんは、初めて私に謝った。『いっぱい迷惑かけて、世愛の大事な初めてを奪って、本当にごめんな』って。身体を捧げたのは、あくまで私自身の意思なのに」
苦笑を浮かべる世愛に、俺はどう表情を表していいかわからず、
「ようやく昔のお父さんに戻ってくれて、私は嬉しかった。お母さんはいなくなっちゃったけど、これからはお父さんが一緒にいてくれる......だから天国にいるお母さんと妹に恥ずかしくない生活を送ろう......そう思ったんだ。料理もできるようになろう。それから、お父さんには長生きしてもらいたいから、完全にタバコをやめてもらおう――帰りを待っている間、そんなことばかり考えてた。なのに......ッ!」
「おい!? 世愛!?」
世愛の表情が苦いものに変わると、突然彼女は走り出した。
辿り着いた場所、そこはフードコートから僅か50メートルほどに位置する、展望台の前だった。
建物の壁側に供えられた花はすっかり枯れ果てているが、この場所が世愛の父親が命を絶った場所であることを示している。
「私はただ、自分の身体を犠牲にしてでもお父さんを助けたかった! それがお母さんと最後に交わした約束だから......でもお父さんは、私の初めてを奪ったことが原因で命を絶っちゃった......私がお父さんを殺したの!」
「......違う。世愛は何も悪くない」
俺は世愛の肩を掴み、涙を流す瞳をじっと見つめ、投げかけた。
「ねぇ風間さん。私は間違ってたのかな?」
「......そんなことはない」
「じゃあなんでお父さんは死んだの!? あの時全力で拒否していれば、あんなことにはならなかった!」
「仮にお前が身体を捧げなかったとしても、お前の父親は心が完全に壊れて、もっと酷いことになっていたはずだ」
「その心が壊れた原因が私にあるんだって!!」
俺の腕を払いのけ、世愛が叫ぶように大声を上げた。
真っ直ぐにぶつけられた感情に、俺はひるんでしまいそうになる。
だが、今は俺が世愛の父親だ。
子供が悲しみ泣き叫ぶ姿を前にして、引き下がるわけには絶対に行かない。
奥歯を食いしばり、諦めずに世愛に言葉を投げかける。
「世愛、お前たちは優しすぎたんだよ。お互いを想い合いすぎたが故に、悲劇が起きてしまった。誰が悪いとかそういう問題じゃないんだ!」
「じゃあ......どうすれば......ッ!」
「世愛......ッ!」
再び世愛の両肩を掴み、涙で真っ赤になった瞳を見据えた。
胸の奥が熱く、苦しい。
気持ちが伝わらないことが、こんなにもどかしいなんて。
俺は世愛から、父親の呪縛から解放されてほしい――その想いの一心で言葉を続ける。
「お前たちは......離れていても、仲の良い親子だったんだろ......ッ?」
世愛の目が大きく開かれる。
「世愛のお父さんは、お前のことを心の底から愛していたんだよ」
「私のことを想ってたなら、どうして一緒に生きてくれなかったの......ッ」
娘から大切な初めてを奪うだけでなく、倫理観まで失わせてしまった――それが世愛の父親が自ら命を絶った最大の理由。
精神を病んでいたとはいえ、どうしても自分を許せなかった気持ちは痛いほどわかる。
「どこかで何かが間違って、気付いた時にはどうにもならなくて......取り返しのつかない状況に追い込まれてしまった。だとしても......もう済んだことなんだ」
「よくないッ!」
「いいんだよッ!!」
俺が大きな声で否定すると、世愛の肩がびくんと震えた。
もういい加減、世愛を自由にさせてやってくれ......。
金で雇われた父親もどきにすぎない俺に、こんなことを言う資格は無いのかもしれない。
だけど、そんな無駄な問答はすぐに消える。
誰かが言わない限り、世愛自身の手でもかけた呪縛が解かれることきっとない。
「世愛が世愛自身を許さなかったら、いったい誰が世愛を許すって言うんだ......ッ!」
「でも......!」
まだ首を横に振り続け納得しない世愛を、俺は思いきり抱きしめた。
腕を振り払って逃れようとしたのは最初だけ。
あっという間に世愛は脱力し、俺の胸に顔を押しつけ、大人しく身を任せた。
「お父さんに笑顔を忘れるなって、言われたんだろ」
「うぅ......ズルいよ、風間さん」
「ああ。ズルくていいよ。世愛の心が少しでも楽になるなら、俺はいくらでもお前に恨まれてやる」
「うぅ......う゛ぅぅぅぅぅぅんッ」
世愛は俺の胸の中で、子供みたいに泣き出した。
その場に膝から崩れ落ち。
やがて声は大泣きへと変わった。
俺は世愛を抱きしめなおすと、背中を優しくポンポンと叩きながら、彼女が泣き止むまでずっとそうしていた。
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