第54話【いま、俺にできること】
「
止まっている観覧車の中。同じシートに座り、身を寄せ合う俺たち二人。
「......うん。平気だよ」
俺の肩に頭を乗せ、まだ鼻声気味の世愛が呟く。
「寒さは大丈夫なんだけど、私の顔、あんまりジロジロ見ないでくれるかな」
「あ、
泣き止んでくれた世愛と、最後にやって来た場所は観覧車。
当然電源が入っていないので動くことない。
それでもどうしても乗りたいという世愛の希望を叶えるべく、俺は地上に止まっている部分のゴンドラの鍵を外から開け、中に乗り込んだ。
扉を閉めるわけにもいかず、開けっ放しのゴンドラ内は寒いかと思われたが――肩を寄せ合って座れば、お互いの体温で意外と温かい。
「本当はね......お父さんと最後にこれに乗るつもりだったの」
「そうだったのか......」
「取り壊しが始まる前に、どうしても最後に一度だけ来たかったんだけど......前回来た時はさ、怖くて入り口から先に入れなくて」
なるほど。
どおりで防犯システムが働いていなことを知っていたわけだ。
「風間さんと一緒なら、目的の場所まで辿り着けるかもしない......そう思ったの」
「お役に立てて光栄だな」
「きっと風間さんがいなかったら、私、正気じゃいられなかった。だからありがとね」
世愛は一人で過去の自分と必死に向き合おうとしていた。
でも、やっぱり怖くて......。
そんな彼女の助けになることができて、俺は心の底から嬉しかった。
「......私、何が何でも兄さんから風間さんのこと守るから。心配しないで」
――同時に、俺はこのまま”世愛の父親役”を続けていいのか? ――という想いも強く湧き上がった。
せっかく世愛を父親の呪縛から解放できても、今度は金で繋がっただけでしかない、偽物の父親役の俺が新たな呪縛になってしまうのではないか――。
そんなことを、俺は望んでなんかいない。
「なぁ世愛......お前、本当は留学したいんだろ?」
寄りかかっていた世愛が、俺の顔へと視線を向ける。
「どうしたの急に。私には風間さんがいるんだから、留学なんか――」
「俺のことはどうでもいい。世愛の本音を教えてくれ」
「お前もわかってるんだろ? 俺たちの生活がもう長くないことを」
「だからそれは、私がなんとかするって――」
「なんとかって具体的に何だ? 今すぐ説明してくれ」
「......」
膝の上で組まれた手には力が入り、俺の問いかけにも何も答えてくれない。
「相手は大人。しかも社会的地位のある人間だ。未成年で養ってもらっている立場のお前がいくら庇おうと努力しても、ただのフリーターでしかない俺なんか簡単に負けちまう」
「風間さんにそんなことは絶対に――」
「俺はさ、世愛に自分の好きなように人生を歩んでほしいんだよ。今まで家族のために自由になれなかった分、これからは想うがままに生きてほしい」
首を横に振る世愛に、俺は本心をぶつけた。
「俺......世愛の笑顔が好きなんだよ。つかみどころのない、あのふわっとした感じの笑顔がさ。これからは近くで見ることができなくても、世愛にはずっと笑顔でいてほしい」
世愛の優しさに甘え、俺は彼女の人生においての、重大な決断の邪魔をしようとしてしまった。
俺と偽りの
例え遠くに離れても、子供の幸せを願う――それが親ってもんだろ。
亡くなった世愛の父親が、俺に教えてくれたのかもしれない。
「......ホント、ズルいよ風間さんは」
「そうだ。大人はズルいんだ。よく覚えておけ、ガキんちょ」
ようやく俺の方に顔を向けた世愛は、鼻を
「.........私、留学してみたい。もっと、いろんな世界を見て回りたい!」
そう、気持ちを口にした。
「ようやく本音を話してくれたな。世愛の頑固もここまで来ると天然記念物ものだよな」
「うぅるさいなぁ。ズルい風間さんに言われたくないんですけど」
新しいポケットティッシュを世愛に差し出すと、品良く鼻をかみ、それを俺に投げつける。
「......でも、兄さんは留学に反対してる。いったいどうすれば」
「んなもん、俺に任せろ」
世愛の投げつけたものを拾い上げ、意味もなく自信を持って宣言してみせた。
「風間さんが?」
「ああ。俺が世愛の兄ちゃんを説得して、晴れてお前を自由の身にしてやる。だから安心しろ、お姫様」
「その言い方......なんかバカにされてるみたいでムカつく」
お互いの視線が衝突し、なんだかおかしくなり、同じタイミングで吹き出す。
正直言って、策なんて何もありゃしない。無策。出たとこ勝負もいいところだ。
おそらく、これが俺にとって”世愛の父親として”の、最後の仕事になる。
例え自分が犠牲になろうと、願いだけは叶えさせる――世愛の笑顔を、守るために――。
遊園地の入り口まで戻り、門を閉じて見上げれば......閉園したとは思えないほどのイルミネーションで彩られていた。
世愛の父親の自殺が直接的な原因かは知る
「お父さん......またね」
遊園地に別れを告げる世愛の瞳に、もう迷いは存在しなかった。
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