第10話【懇願】
「お前......何してんだよ?」
俺はなんとか平静を保ちつつ、絞り出すように下着姿の
偶然にもいま世愛が身に着けている下着は、出会った時と同じ、薄紫色のブラとショーツ。
「ごめんなさい。風間さん、私のせいで彼女さんと別れることになっちゃって」
「別にお前のせいなんかじゃねぇよ。いいから服を着ろ」
不安と
「――私ね、昔から無意識のうちに自分の近くにいる人たちを壊してきたんだ。どうやらその呪いが、風間さんにまで及んできたみたい。今までパパ活してきた相手だってそう。この呪いが原因で仕事を失ったり、もしくは奥さんと離婚したりして不幸になった人がほとんどなんだ」
「んなもん呪いでもなんでもねぇよ。そいつらの完全な自業自得に決まってんだろ」
「だとしても、私が原因であることには間違いないよ」
世愛は表情を隠すように俺の胸に顔をうずめた。
「風間さんまで巻き込むつもりはなかった。だって風間さんは、私が今まで出会ってきた大人の男の人たちとは違うから」
肩に抱き着いている世愛の手に力が入り、
「これは天罰なの。だからさ――」
静かに顔を起こし、そして、
「私の身体、好きにしていいよ?」
まるで許しを
世愛の過去に何があったのか知りようもないし、俺から尋ねるつもりは毛頭無い。
人は誰でも大小限らず、他人には知られたくない秘密の一つや二つを抱えて生きている。
理由はどうあれ、路頭に迷った俺を世愛は救ってくれた。
今の俺にはその事実だけで充分だ。
普段とは別人とも思える子供っぽい世愛に戸惑いながらも、俺は自分の正直な気持ちを伝えようと口を開いた。
「世愛、お前は無茶苦茶可愛いいよ。肉つきも俺好みの丁度良さで、しかも年齢の割に大人っぽくて美人だ。まぁ、ちょっと変わってるところとか抜けた部分もあるが、俺が学生の頃だったら迷わず手を出してたと思う。それくらいお前は魅力的な女の子だよ。でもな――」
世愛の瞳を見据えたまま、続けた。
「――お前は俺の娘だ。だから抱かない、文句あるか?」
「え.........ない、けど」
「わかったらさっさと俺から離れて服を着やがれ。風邪引いたら看病するの俺なんだからな」
「うん......」
きょとんとあっけにとられた表情で世愛は俺から離れ、床に落ちた制服を拾い上げた。
顔を背けつつ世愛が制服を着終えることを確認すると、大きく嘆息しソファーに腰を下ろした。
世愛も釣られてテーブルを挟んで腰を下ろす。
「あと言っておくが世愛、俺はこれ以上不幸にはならない。何故だかわかるか?」
「......なんで?」
「そいつはな、今いるこの場所こそが、俺にとってベストオブ地獄。ナンバーワンの地獄だからだ」
「......フッ、なにそれ」
帰ってきてから負の感情のみだった世愛に、ようやく笑顔がこぼれた。
「いい歳したおっさんがJKに金で雇われて家事こなしてる時点でとんでもない屈辱だろうが」
「世の中にはそれが快楽だって感じる人もいると思うけどな」
「俺をそんな変態たちと同列にするんじゃねぇ」
いつものからかい文句が世愛の口から飛び出し俺は安堵した。
助けてもらっておいてここは地獄だという表現は失礼極まりない話だが、辛さや痛みも一線を超えれば快楽に変わるって言うだろ? つまりはそういうことなんだよ。
「やっぱり......風間さんは面白い人だよ」
「また心の中で人をバカにしたな?」
「してないしてない。面白い人だなって感心してるだけ」
「紙一重な言い方で誤魔化しても無駄だぞ」
あぁ、好きなだけバカにするがいいさ。
娘にバカにされるのが俺的な家族内での父親のイメージでもあるからな。
それで家族円満が保てるなら結構じゃねぇか。
設定なのに考え方がすっかり父親のそれになってきている自分に対し、自嘲気味に鼻を鳴らす。
「そんな風間さんに朗報です。今日で風間さんは無事に
「.........は?」
聞き間違いじゃなく、いま確かに卒業って言ったよな?
おいおいマジかこのメスガキ! どんな思考の流れがあって解雇に至るんだよ! 話しの筋的にも普通は『これからもよろしくね』だろうが! アホか!
俺が一人顔面ショーを展開している様子をニヤニヤとした表情で見つめ、
「――よって試用期間はたった今終わり、これからは本契約。正式なパパに昇格です」
「......おま、なんだよ......びっくりさせんな......一瞬マジで息が止まっただろうが」
「私との生活を地獄って言ったお返し」
にへらと笑う世愛。
心臓に悪いからかいはやめろとあとで忠告するとして......そうか、こいつと出会って、父親としてこの家に住むようになってもう一ヶ月にもなるのか。
毎日が充実しすぎて月日の感覚が完全にマヒしていた。
「というわけで、これからもよろしくね。元ヒモで私のパパな風間さん」
世愛は俺の隣にやってきて腰を下ろすと、肩に寄りかかるよう頭を軽くポンと置いて呟いた。
元カノの襲来を退け、俺たちはこの瞬間から、ようやく本当の意味での契約親子としての共同生活が始まった......。
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