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「それじゃあ、よろしく頼むよ」


 翌日。

 僕とパウラはヒバリの新しい体を作るために必要となる部品探しに取り掛かった。


「この街の作りを知るためにも、ヒバリさんの家から遠いところから探しに向かいましょう」


 ヒバリから受け取った地図上にあるチェックは全部で五つ。

 その五つの内、ヒバリの家から一番遠い場所はちょうど今僕等がいる場所から真向いにあって、そこはどうやら第四整備施設と呼ばれる場所らしい。おそらくヒバリが話していたNIの体をメンテナンスするための施設だろう。

 ちなみに地図上でチェックの入った場所のほとんどはその整備施設のようで、第四整備施設の他に、第一整備施設、第三整備施設、第六整備施設という場所にチェックが入っている。つまるところ、地図上にある五つのチェックのうち四か所が整備施設という場所のようだ。

 では残りの一か所はどこかと気になるが、しかし残念ながら地図上ではどんな場所なのかが分かるような名前等は書かれてはいなかった。その場所はヒバリの家から一番近いところにあるため、おそらくそこは最後に見て回ることになるだろう。


 大きな円を描くようなこの街の、その中心を通って第四整備施設へ。

 ヒバリと一緒に自動三輪車で初めてこの街に来た時にこの街を一周して様子を見たものだけれど、こうして歩いて見て回るとまた景色が違って見える。

 ヒバリも話していたけれど、本当にこの街は他の街や都市とは違って限りなく街として生きていたであろう当時の姿を保っていた。

 軒を連ねる住宅。

 整備された道路。

 サイネージ。

 公共施設。

 でも、この街を包む空気の色は確かに灰色だった。

 僕等の足音以外に音は無い。

 街の中心にある大きな広場の、その中心にある噴水は止まっていて、空っぽな池と、何も流れていない水路が伸びていて、サイネージは光を失って真っ黒なままだ。


「眠っているみたい」パウラが呟く。

「眠ったまま、知らずに死んでしまったみたいですね」と僕は答えた。


 何も流れない水路の上をパウラは行く。

 僕はそんなパウラを眺めながら、まだこの水路に水が流れていて、沢山のNIがこの道を行きかっていたであろう時のことを思い描きながら先へと進んだ。

 第四整備施設と呼ばれる建物は、他の建物と同様当時の原型を留めたまま姿を現す。

 外見を一言で表すのならば少し大きなガレージ。黒色の平らな屋根と、真っ白な壁面。

 第四整備施設を一周して周辺を見たが、出入口らしい場所は道路側に面した方にあったシャッター一か所だけらしい。その閉じたシャッターの傍には真っ黒なサイネージが置かれている。


「開かないね」


 パウラがシャッターの前に進むが、しかし彼女の言う通りそのシャッターが開くことはなかった。


「強引に開けるしかないですね」


 パウラは「うん。手伝う」と言い、僕はパウラと一緒にシャッターを持ち上げる。力を入れてから少ししてシャッターは鈍い音を立てながら持ち上がる。思っていた以上にシャッターは重く、パウラが床に這って通れるくらいの高さまで持ち上げるのが精一杯だった。

 第四整備施設の中に入る。天井に近い壁面にガラス窓がいくつかあって、そこから外の光が入り込んでいるようで、建物の中は思いの外明るい。


「すごいね」

「そうですね」


 整備施設、というだけあって建物の中には工具やら機械の部品やらで満ちている。ただ、満ちていると言ってもヒバリのあの部屋の様に乱雑になっている訳ではなく、整備施設と聞いて思い浮かべていた様相よりも建物の中は綺麗に整理されていた。

 おそらく、実際にNIの体を整備していたのであろう場所が左右に二つずつ。その場所には光沢のあるベッドのようなものが一つと、やはり光沢のある長机が一つ、壁に沢山の工具が吊るされている。

 それから奥の方には天井にまで届くほど大きな棚と、その棚の中には腕や脚、胴体、頭が収められていれば、小さなネジが入った箱、鉄骨、導線が巻かれた大きなケーブルドラムといったものも収まっている。おそらく、この棚のどこかに僕等が探し出そうとしている部品があるのだろう。


「こっちにも何かあるみたいだよ」


 パウラが指さすのは、左右の大きな棚の間にある下へと繋がっている階段だ。

 どうやらこの施設には地下室があるらしい。その階段を下りて、辺りが暗かったためあらかじめヒバリから借りていたライトで照らして見ると、どうやらそこは部品の在庫置き場らしく、隙間なく並ぶ棚に、数多くの部品や機材が収まっていた。


「これは、思っていた以上に大変そうですね」

「手伝えることがあれば言って。何でもする」

「ありがとうございます。じゃあこの地下室から探し始めましょうか。まずは――」


 パウラと一緒に部品探しを始める。

 これまでは機械の体を作ったり、直したりするために部品探しをして集めて回る時は一人きりだった。淡々と、朽ちて荒れ果てた所から、かつて誰かの体であったものを取り上げるばかりで、そこには一切の感情と呼べるものはなかった。


 だから今、僕は少しばかり落ち着かない。

 こんな風に誰かと一緒に部品を集めて回るのは、落ち着かない。

 でも、それが少しだけ心地よかった。

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