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 all。

 それが、この星の中心に聳える山脈の頂上付近にある施設の名だった。記憶集約所と僕等が呼んでいた場所は、あくまでそのallと呼ばれる施設のほんの一部に過ぎないという。


『allの役割は、本施設であるPrimitive Human保存施設と本質は同じものです』


 Primitive Human保存施設は人類史を残すための一手段として設立されたとドールから聞いている。そのPrimitive Human保存施設がとった人類史を残すための一手段というのが肉体を持つ人間の保存であった。そんなPrimitive Human保存施設と存在意義が本質的に同じということは、つまりallという施設も人類がこれまでに積み上げて来たものを残すための場所だということに違いない。


 では、具体的にallは何を以って人類史を残すのか。

 それは、文化だとか言語、歴史、そういった人類にとって形にならない価値あるものを形にして残し続けることで、人類がこの星に居たことを証明し続けているのだという。

 人類の記憶もその形にならない価値あるものの一つとして保存され、その保存場所の名が記憶集約所であった。


 ともかく、あの山脈の頂上に僕等が目指していた記憶集約所があるのは確からしい。

 しかしながら、実際に記憶集約所へ行くことでこれまでに失って来た記憶を取り戻すことが出来るかはドールにも分からないという。そもそも、記憶というものをどのような形で保存しているのかが分からないらしい。


『それでも行かれますか?』


 ドールの問いかけに、僕は迷うことなく「はい」と返事をする。この時点で、僕の中には記憶集約所へ行かないという選択肢など無くなっていた。

 僕は、すぐに記憶集約所へ向かうことにする。時間が惜しい訳ではない。ただ、Primitive Human保存施設に留まったところで何もやることがないだけだ。


「手荷物を少し減らそうと思うのですが、この場に置いていってもいいですか?」


 食料だとか、そういうものはもう不要だ。余計なものは捨てて行きたかった。


『はい。廃棄場があります。そちらへどうぞ』


 そう言ってドールがその廃棄場を案内してくれる。ただ、廃棄場自体も天井は崩れ落ち、瓦礫が散乱し、それらを雪が覆うばかりであった。


「ありがとう」


 僕は自動三輪車から不要なものをそこへ運ぶ。僕にとっては不要な、元来の人間が生きるために必要であったものを、僕は真っ白な雪の上に捨てていく。

 無心で何往復かして、気が付けば自動三輪車には何もなくなって、一人運転席に座ってみると、こんなにも広かっただろうかと不思議な心地になった。


『さようなら。ネウロさんの無事を祈っております』


 真っ白な雪の上に立つロボットが僕のことを見ている。そのロボットの背後には朽ち果てた施設があった。

 一体、どれほど多くの人がこの場所でロボット達に育てあげられ、そうして死んでいったのだろうか。そして、今僕の目の前にいるロボットは一体どれほどの人を見送ってきたのだろうか。想像を巡らせると幾何か冷たい心地になる。ただ、今目の前にいるドールにそんなものなどないのだろう。見た目は僕と同じだけれど、ドールはロボットなのだから。


「ドールはこれからもここに居続けるのですか?」

『はい。人を生み、育てることが私の存在意義です。そのために、出来る限りのことをこの場でし続けます』

「そうですか」


「さようなら」と僕はドールに言う。

『お元気で』とドールは僕を見送る。


 雪の上で佇むロボットが小さくなっていく。

 見えなくなったところで、僕はふと助手席に目をやってしまって。

 それから、空の向こうに届きそうなほどの山脈を見据えた。

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