2
永遠に等しい時間を得ることが出来たとは言え、しかしそれは決して永遠に生き続けることが出来るようになったという訳ではなかった。
もちろん、機械の体になったことで病気や怪我、そういった身体的なことが原因で命を落とすことは無くなったが、それでも僕等は死と言うものを完全に克服することが出来た訳ではなかった。
生身の体を捨て機械の体になっても死というものはある。
僕等は脳の記憶領域が一杯になった時に死ぬのだ。
逆を言えば、記憶領域が一杯にならない限り僕等は死なない。永遠に等しい時間を手に入れることが出来たというのはつまりそういう事で、僕等は記憶を失うことで生き続けることが出来る。
しかしながら、僕等は自分の意思で失う記憶を選ぶことは出来なかった。
より印象的な記憶。鮮明に色づいている記憶。新しい記憶と古い記憶。そういった要素を元に僕等の記憶は勝手に重み付けされて、記憶が捨てられる時は重みが軽いものから失われていく。
加えて、僕等は好きな時に好きな分だけ記憶を失うことが出来る訳でもなかった。
生きている人間の記憶が失われるタイミングは二つ。そのうちの一つが今まさに僕がしようとしている、体そのものを変える時。体を換えるその時に自動で記憶の整理が行われ、少なくとも百年分の記憶が保存できるだけの記憶領域が確保されるようになっている。
「……」
目の前にあるのは新しい僕の体。今日一日をかけて部品を探し回った結果、空を飛ぶことは出来そうにないけれど、ホバー移動であれば可能な体を作ることが出来た。
丸い、薄汚れた紺桔梗の体と小さな腕、足。そして、ホバー移動を実現するために取り付けたとても長い耳。これが次の僕の体になる。かつての人間の体とは随分とかけ離れた体。
体を乗り換える準備をしながら、果たして次はどの記憶が僕の中から消えていくのだろうかと、いつもそんなことを考えてしまう。せめてあの光景だけは忘れたくないと思ってしまうのもいつものことだった。
すべての準備を終えて、後は三本のケーブルで今の体と新しい体を繋ぐだけ。その頃にはすっかり陽も落ち夜になっていて、日中降っていた雨も止み今は満天の星空が頭上に広がっている。
何気なく穴の開いた天井から夜空を見上げていると、流れ星が一筋夜空に線を描くのが見えた。それから間もないうちに一つ、二つと線が走る。どうやら流星群らしく、気が付けばそれなりの数の流れ星が遥か遠くで線を描いていた。
崩れた建物の外に出て夜空を見上げる。視界一杯に広がる星空。流れ星。あの夜空に浮かぶ一つ一つが、今僕がいる星と同じものなのだと言う。
思い浮かぶのはあの巨大な宇宙船。
無数にある星のうち、彼女と彼女達はどこへ辿り着いたのだろう。
あれから、もうずいぶんと長い時間が過ぎ去った。過ぎ去って、僕は何度も体を乗り換えて、忘れてしまったことすら思い出せないけれど、きっと沢山の記憶を失ってしまったのだろう。
「…………」
ふと、一際眩しい光が夜空を駆ける。
空気を震わせながらこの星目掛けて飛んでくる。
そして、それはここからほんの少し離れた場所に落ちたようで、真夜中に似つかないほどより一層眩しい光を放った後、遅れて大きな音と激しい風を僕の元にまで発した。
どうやら、あの夜空の向こうから何かがこの星に落ちたらしい。
少し興味が湧く。ここからそう遠くはなさそうであるし、行ってみるのも悪くはないかもしれない。
でも、向かうとしてもこの体から新しい体に乗り換えた後だ。
依然として夜空に星が駆ける中、僕は静かに朽ち果てた建物の中に戻った。それから床に「星が落ちた」という言葉と落ちたらしいおおよその方角を矢印で描き残す。こうすれば、たとえ今日のことを覚えていなかったとしても、きっと僕であれば興味を示して矢印の方へ向かうだろうから。
キィキィと、静かな夜に錆びついた音が鳴り響く。
さあ、そろそろ本当にこの体も限界だ。
三つあるうち、一本目のケーブルを繋ぐ。
どうか、彼女と初めて出会った時のことを忘れませんように。
三つあるうち、二本目のケーブルを繋ぐ。
どうか、彼女と最後に交わした言葉と交わした約束を忘れませんように。
三つあるうち、三本目のケーブルを繋ぐ。
/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/
自己の転移を実行しますか? [y/n]
yes.
/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/
フッと、僕の意識はそこで途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます