記憶の始まり
1
目が覚める。
いや、目が覚めるというよりは意識が戻ったと言う方が正しいのだろう。
体を起き上がらせると、節々がキィキィと音を立て赤茶色の錆びた鉄の粒が落ちていく。どうやら思っている以上に今の体の限界は近いらしく、この様子だと、もう二、三日経てばいよいよ体を動かすことが出来なくなりそうだ。
「……」
すぐ近くには数日前から組み始めた次の新しい体。明日にでも完成させてしまいたい。
今留まっている街は思っていた以上に朽ち果てていて、新しい体に使える部品もあまり見繕うことが出来なかったため、今の体よりもうんと小さくなってしまった。
丸い体と小さな腕と足。体として機能するために必要最低限のところまでは昨日までに組み立てることが出来たのだが、このままでは移動するのに不便だろう。どうにかして空中を飛んで移動できるようになれば幾分か良い。たとえそれが無理だったとしても、せめてホバー移動が出来るくらいにはしたかった。
「…………」
キィキィと音を立てながら立ち上がり、今日も部品を探しに荒れ果てた街へ。どうやら今日は雨らしく、灰色の空から雨粒がシトシトと降っている。
雨に濡れたくはないなと、出来る限り崩れた建物の下なんかを歩きながら瓦礫の山を漁ることにする。
鉄屑。
腐って原型も分からなくなった何か。
保存食。
何かが入ったままの瓶。
鉄骨。
機械の体の腕、足、頭。
瓦礫に埋まっている機械の体の一部だって、いつの日か人だったのだと思うと何だか死体でも漁っているような心地になる。
通称NI。
人間が生にしがみついた成れの果て。
僕等は生身の体を捨て機械の体を得ることで永遠に等しい時間を手に入れた。
機械の体は病気になんて罹らないし、体を壊したところで取り換えれば元に戻る。
ただ、それでも人間は確実に終わりへと向かっているらしい。誰かに出会うためにこの星中の都市や街を転々としているけれど、ここ最近は人に会えないでいる。
最後に人と出会ったのはどれくらい前のことだっただろうか。その人はとても大きなNIだった。それこそ何百年と生き続けたような大樹みたいに大きな体をしていた。
印象に残っているのは、「人間と、人間じゃあない奴らの違いは何だと思いますか?」という問いかけだ。僕はその問いかけに答えることが出来なかったが、代わりにその人が話した言葉を僕はとても良く覚えている。
「そうか。俺はね、自分はもう人間じゃあない奴なのだと思えてならないよ」と。そうしてその人は「きっと、いつの間にか地続きではなくなってしまったのでしょうね」「生き続けるのはやめることにします」「この場所は良かった。空がとてもよく見渡せた」と言ってその瞳に灯す赤い光を消したのだった。
いつの間にか地続きではなくなってしまったのでしょうね。
その言葉が意味するところを僕は当時理解することが出来なかったけれど、今では何となく分かる。きっと僕達は長い時間を生き過ぎたのだ。
そのとても長い時間の中で、僕は僕の中にある最も古い記憶を思い出す。浮かぶのは、いつだってあの光景だ。今日だって意識を途絶えていた間、夢のようにあの時の記憶を思い出していた。
決まった場所をグルグルと回り続ける電車。茜色の光で満ちた車両。車窓の向こう側に見えるのは背の高い沢山のビルと巨大な宇宙船。
「…………」
結局、僕は彼女との約束を果たすことが出来ていない。
彼女との約束を果たすために僕は生身の体を捨てて永遠にも等しい時間を得ることを選んだというのに、僕は約束を果たせずにいる。
今はもう、ただただ生き続けているだけ。
NIになる時に課せられた役割を全うするためだけに生き続けている。
僕はとっくに人ではなくなってしまったのかもしれないなと、瓦礫に埋もれた機械の腕を持ち上げては瓦礫の山に放り投げる。
一通り瓦礫の山を物色し終えたら次の瓦礫の山へ。
かつてこの街で繰り広げられていた日常を思い浮かべながら、僕は瓦礫の山を漁り続けた。
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