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青空奏佑

遠い昔の記憶

 電車に乗って、かれこれどれくらいの時間が経過したのだろう。

 同じ場所をグルグルと回るだけの、一向に先へは進まない線路を走る。

 駅に止まる度に沢山の人がこの電車から降りて行き、沢山の人がこの電車に乗り込んでくる。

 子供から大人、老人。疲れた表情を浮かべて溜息を溢す男性や、楽しそうに小さな声で談笑している男女、黒いブックカバーのついた本を読む女性。

 電車内のサイネージには「この星の終わりは近い」「新たな人類」「移住計画の全貌」などという言葉が並んでいて、ニュース番組だってもう何か月もその話題で持ちきりであるのに、しかしこの車両内ではそんな世間の様相とはかけ離れた変わらない日常が繰り広げられている。

 そして、それは僕も同じだった。

 家の事、学校の事、将来の事。僕の頭の中を占めているのはそういう事ばかりで、あのサイネージに連なる世の中の出来事と比べれば、僕の頭を悩ますそれらはどうしようもなく小さなものなのかもしれない。けれど、僕にとっては重大で、それらを抱えながら淡々と続く日々が酷く息苦しかった。

 本当に、僕は一体何をしているのだろう。こんなことをしたところで何も変わらない。きっと今日だって結局帰りたくもない家に帰るしかなくて、何も変わらない部屋で眠り、何も変わらない明日を迎えるのだろう。

 この電車と同じだ。同じ場所をグルグルと回るだけ。車窓越しに流れていく景色も変わることはない。

 沢山の人。沢山の言葉。沢山の日常。平凡が敷き詰められたこの車両の中で、何だか僕一人だけが場違いな奴であるような気がしてくる。

 結局、僕はどこへも行くことは出来ないし、仮令どこかへ行ったとしても変わらない。

 僕はこの電車から見知らぬ街の駅で降りることも出来ずに、グルグルと回り続けることしか出来ない。

 見知らぬ沢山の人が入れ替わるように電車から降りて行き、電車に乗り込んで来て、ただただ時間だけが過ぎ去って行く。

 そんな中、僕は斜め向かい側の座席に座る同い年くらいの女の子に視線を向ける。その子は僕がこの車両に乗った時にはすでにあの場所に座っていて、もう何周もしたはずなのに、今も変わらずに同じ場所に居続けている。

 沢山の人が過ぎ去って行く中で、僕とその子だけはどこにも行けずにこの場所にとどまり続けていた。

 時間は否応なしに過ぎ去って、車窓の向こうに目を向ければ、いつの間にか陽も落ち始め車内は夕日に包まれるように橙色に染まり上がる。

 昼間の喧騒が嘘であるかのように車内は静まり返り、僕とその女の子以外に誰もいなくなってしまった。

 斜め向かいの彼女に視線を運ぶと、彼女の方もちょうど僕に目を向けていたのか視線が交わった。

 不思議と目を逸らすことが出来ない。

 強くて、脆そうな瞳。

 僕は彼女のその瞳に吸い込まれる。


「この場所は好き?」


 静まり返った車内にガラスみたいな声が響く。

 僕は「嫌い」と答えた。

 彼女は「私も」と言って僕の背後、車窓越しの外を指さす。


「あんなものを作って、とても遠い場所へ逃げて、そうまでして生きて何になるんだろう」


 この車両の外。

 完成が間近に迫った巨大な宇宙船がそこにはある。


「あれに乗れるのって、限られた人なんでしょ」

「らしいね」


 大人は皆、あれを希望の船だと口を揃えて言っている。


「あんなもの、僕には単なる鉄屑にしか見えないよ」


 僕がそう呟くと、彼女はクスクスと笑ったのだ。


「面白いことを言うのね。私、藍原那月って言うの。よかったら名前を教えてくれない?」

「名前? ああ、うん。僕は――」


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 微睡みに似た狭間で、僕は遠い昔のことを思い出す。

 これが、今なお僕が忘れずにいられている最も古い記憶。

 あれから随分と長い時間が過ぎ去った。

 今の僕に、もうあの頃の面影は一欠けらもない。

 そして、結局僕は彼女と結んだ約束も守れなかった。

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