15
陽は沈み、巡ってもうじき夜が明ける。僕等は街へと戻り、ヒバリの家へと向かっていた。パウラは助手席で静かな寝息を立てていて、一方でヒバリはというと、荷台で白み始めた夜空を見上げながら、「この翼、飛べるのは良いけど地上じゃあ結構邪魔かもしれない」などと、冗談めかすように呟く。
僕がそんな呟きに「かもしれませんね。でも、飛んでいるヒバリさんはとても綺麗でしたよ」と返すと「そんなことを言われたのは初めてだよ」と朗らかに笑うのだった。
そうして僕等はヒバリの家に帰ってくる。僕は「着きました」と助手席で眠っていたパウラを起こし、自動三輪車から下りる。
「おかえり」
そう言って僕等を出迎えてくれたのはドクターだ。
「親離れは出来たかの?」ドクターのそんな問いかけに、ヒバリは「ようやく歩けるようになった気がするよ」と返し、そうして「ありがとう」という、幾つかの思いが込めるように言葉を伝えるのだった。
「ネウロ君とパウラちゃんにも改めてお礼を言わせてほしい。本当に、ありがとう」
「いえ、そんな。僕はただ頼まれた部品を集めただけですから」
「私もそう。頑張ったのはヒバリだよ」
パウラの言う通り、頑張ったのはヒバリ自身だ。空を目指し続けたのは彼女なのだから。
「うん」
ヒバリはどこか照れくさそうに翼を撫でる。その翼は、昇り始めた朝日に照らされていた。
「それで、もう二人は行くのかい?」
「そう、ですね」
ここでやることは終わった。もう少しここに残ってヒバリと話をしたい気持ちもあるけれど、僕等にだって目指している場所がある。
「そっか。うん、そうだね。よし、じゃあ約束通り二人に私が知っていることを教えるよ」
そこから、ヒバリは約束通り僕等に生身の人間と記憶集約所に関する話をしてくれた。
「生身の人間に会ったという訳じゃあないんだけれどね。それらしい声を聞いたんだ」
ヒバリがこの街で担っていた役割は、この街の脅威になり得るものを事前に知るために情報収集をすること。時には遠く離れたNIと情報交換をするなどしていたというが、その過程で昔、生身の人間と会話をしたことがあるという話だった。
「友達が欲しい、ってしきりに話していたよ。ロボットと二人きりで、外の世界を知りたいと話していた」
ただ、それはもう随分と前の話らしく、とてもではないが、当時会話をした生身の人間が今も生き続けているとは考えられないという。
「ただ、もしかしたら何か得られるかもしれない。一応、どの場所から届いた声だったのかもまだ記録が残ってる」
ヒバリはその場所を僕に送ってくれた。
「そして、記憶集約所に関する話だ」
こちらは、随分と前にこの街に訪れたNIから聞いたという。この街に訪れたNIは、記憶集約所へ向かう途中だったらしく、ある街の住人が「記憶集約所はどこにあるんだ?」と尋ねたところ、そのNIは「この星の、最も高い場所にあるんだ」と語ったのだという話だった。
「この星で最も高い場所といったら、きっと大陸の中心にある山脈だろう。それに偶然かもしれないけれど、さっき送った生身の人間の声が届いた場所は、この大陸の中心地に近いんだ」
ヒバリの言う通り、確かに先ほど送られてきた座標値は、この大陸の中心地から近い場所を示している。
「と、私が知っているのはこれくらい。もったいぶった割にはこれくらいしか知らないんだ。それに、あの時話をした生身の人間はもう生きてはいないかもしれないし、本当にこの星の最も高い場所に記憶集約所あるのか保証も出来ない」
「いいえ、とても助かります」
これまで何一つとして手掛かりがなかったのだから、かもしれないという話だけでも充分だ。それに、この手掛かりからまた他の手掛かりだって得られるかもしれない。
「ありがとう」
パウラがそう言うと、ヒバリは「うん、二人が辿り着けることを陰ながら祈っているよ」と手を差し出し、僕とパウラは順番にヒバリを握手を交わす。
「ドクターは良いの?」
「ワシは良い。達者でな」
「はい、ドクターもお元気で」
僕達は自動三輪車に乗る。
「それでは、名残り惜しいですけど僕達はこれで」
「うん。出会えてよかったよ」
「はい僕も、お会いできて良かったです」
「私も、出会えてよかった」
僕等は出会って別れる。
でも、出会ってからのことは確かに僕の内に積み重なっている。
僕はきっと、しばらくはあの黄昏に鉄の翼が羽ばたく光景を覚えていられるだろう。
ぐんぐんと、ヒバリとドクターの姿が小さくなっていく。
街が遠退いて行く。
さようならと胸の内で呟いて。
僕等はきっと、自ら辿り由る事で積み上がるのだと、そんなことを思った。
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